「絆」 〜雨もええもんやろ?〜 「あぁ、いいなぁ」 私は、テレビを見ながらちょっとうっとりした。 「今度は誰や?ペ・○ンジュンがええんか?」 彼がソファでお尻をぼりぼりかきながら言った。 その姿に、一気にテンションが下がる。なんなの?この現実は?! 「○ン様じゃないわよ!映画よ、映画!観に行きたいなぁ・・・」 私は遠くを見つめるような目で、テレビで紹介された映画に思いを馳せる。 「ユン・○ナやなくて(←彼的にジョークのつもり)、冬○ナって映画もやってたんかぁ?」 「だーかーらっ!○ン様じゃないって言ってるでしょっ?!観たいなぁ・・・」 でも次の瞬間、私はやっぱり現実に立ち戻った。 「美羽を連れて行かなきゃなんないから、観れないよね?・・・無理か・・・」 すると彼は意外なことを言い出した。 「そんなん、誰かに美羽あずけて行けばええやん?」 「あずけてって、誰に?」 「そうやなー、あ、アイツにでも頼んでみるわ、奥さんが見ててくれるやろ、きっと」 アイツというのは、私たちの結婚式の時にお世話になった彼のお友達のことだ。 「でも迷惑じゃない?美羽、最近手がかかるし・・・」 「アイツんとこはまだ子供いてへんし、奥さんもアイツも世話好きやから大丈夫やろ?」 「そうかなぁ・・・」 「電話してみるわ」 「・・・うん・・・」 * * * * * * * 美羽は結局、彼のお友達夫婦が見てくれることになった。 「ばいばーい!」 美羽は泣くでもなく、お友達の奥さんに抱っこされ、元気よく私たちに手を振っていた。 「二人で出かけるのなん、ホンマに久しぶりやなぁ」 「そうだね、ずっと美羽が一緒だったもんね」 「ほんなら腕でも組みましょかー?奥様?」 「・・・・・」 「なーに照れてんねん?」 「別に?私はかまわないけど?」 さっと彼の腕に手をかける。 ほら・・・ね?実際に照れるのは、私より彼の方だってこと、よくわかってるから。 彼の耳たぶが赤い。いつものことながら、私はくすっと笑う。 「なんや?何笑ってんねん?!」 「だってー!恥ずかしいなら言い出さなきゃいいのに、と思って」 「べ、別に恥ずかしくなんか・・・・・・・」 フフフ。もう何も言えなくなっている。このまま手を離さずに歩いてやろ。 私ってイジワル?(笑) 映画館って、なんだかいいね。日常とはまったく違う別世界みたいで。 子供の頃来た映画館ってもっと広い気がしたけど、あれは子供の視界だったせいかしら? 大人になると、いろんなものが小さく見えてくるような気がする。 ちょっと席をはずした彼が戻ってきた。 手にはジュースをひとつ持っている。ひとつだけ買ってくるところが彼らしいなと思った。 「飲まへん?」 「うん」 一口飲んで、彼に渡す。ふと横を見ると、ちょっと恥ずかしそうに飲んでいる。 だったらふたつ買ってくればいいのにね? 照れ屋なところは、出逢った頃から変わっていない。 映画の予告編が始まる。 へーえ、あの本、映画化されるんだ?最近多いね、そういうの。 「あ☆」 私は思わず顔がにやけてしまった。 私の大好きな桜坂悠(さくらざかゆう)が出てる映画だぁ!!これも観たい!観たい!観たい! 隣をちらっと見ると、ほんの少しムッとした顔をしている彼。 私の視線に気づいた彼が、「ヤツ、出るんやな」とひとことだけ言った。 続けて、「今度はひとりで観に行けばー?」と強がっている。 「そうね、ひとりで観に行くわ☆」 私がそう言えば、どんな答えが返ってくるかもわかってる。 「ワシも観るわいっ!」 ほーらね? 映画が始まった。 心なしか、最初から鼻をすする音がする。そうだよねー、これ泣けるんだもんねー。 綺麗な映像とともに、ストーリーが心に染み渡ってゆく。 ぼろぼろと涙がとめどなく溢れてくる。 奇跡とか運命とかそういうことがこの世に存在するのならば、彼と私が出逢ったのも きっとそのひとつだったのかもしれない。 私は、あの花火の夜のことを思い出していた。 あのビルの前でひとり佇んでいなかったら、彼は私に気づかなかったかもしれない。 私は思わず目を閉じた。そして肩を震わせて泣きじゃくりそうになった。 その時。彼が私の手をぎゅっとにぎった。 そしてそのままずっと、映画を観ていた。 ずっとずっとそのまま。 映画のヒロインは、自分の運命を知り、いるべきところに帰ってゆく。 でも、本当の別れじゃない。 人の思い出も記憶も残る。そして、魂となってもいつかまた帰ってくる。 そう私は信じてる。 エンドロールとテーマソングが流れた。しばらく立ち上がれずにいた。 涙でぐしゃぐしゃになった顔をぬぐって横を見ると、同じような顔をして彼が私を見ていた。 次の瞬間、私は思わず彼の頬に、キスをした。 彼は何も言わず、私の髪をそっとなでた。 * * * * * * * 外に出ると、小雨が降っていた。映画の中と同じような雨が。 折りたたみの傘をひとつ持って出ただけだった。 すると彼が、小さな傘ひとつをさし、私の肩を引き寄せた。 「な?雨もええもんやろ?」 「そうだね・・・雨っていいね」 静かに降りしきる雨の中、彼と私は、たぶんいつもより幸せな気分で歩いた。 今日は、美羽のパパとママはちょっとお休みね。 BGM : ORANGE RANGE 「花」 |