「絆」 〜ショコラ・ビター・スウィート〜


美羽が産まれ、今度のお正月は家族が一人増えた状態で過ごすと思っていた。
けれど、産まれた状態が仮死だったので、大事を取って赤ちゃんだけもう少し、
退院を遅らせることになった。

大晦日に退院した私は、彼と一緒にのんびりと除夜の鐘を聴いていた。

「3人だと思ってたのに、ちょっと淋しいね・・・」
「ま、経過観察があるんやからしゃーないやろ?でもな、赤ちゃんが気ぃ利かして
 くれたんとちゃうかなぁ?」
「え?」
「ふたりっきりで過ごすお正月・・・」
「・・・そうだね・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・」

小さくうなずいた後ほんの少しの間があって・・・互いに軽く合わせた唇。
なんだか照れ臭くなって、ふたりで顔を見合わせ笑ってしまったけど。

気がつけば、音をミュートにしてあったテレビが、新しい年の幕開けを知らせていた。

「今年もよろしゅうな」
「こちらこそ」

彼はこたつに足をつっこんだまま、私のひざに頭を乗せて
そのうちにうたたねを始めた・・・。
パパなのにまるで子供のような寝顔。ふと笑いがこみ上げる。

夫婦水入らずの幸せをくれた、粋な娘に感謝☆



          * * * * * * *



あれから1ヶ月があっという間に過ぎた。

今私は、慣れない赤ちゃんの世話と夜泣きで疲れ気味になっている。


休みの日、いつもより早めに起き出した彼が、まだふとんの中で半分寝ぼけている私の
耳元でつぶやいた。
「今日は、気晴らしに出かけたらええやん?なんやうまいもんでも食って」
「え?」
「美羽はワシが面倒見とるから」
「・・・大丈夫?」
「お?パパの腕前を疑っとるんか?」
「・・そんなことないけど・・本当にいいの?」
「ああ、楽しんできぃや」
「ありがとう・・・」
「・・・なんや面と向かって言われると照れるわ・・・」

ベビーベッドの横で、私は彼の頬にキスをした。



突然出かけてもいいと言われても、何も考えていなかったのでほんの少し
困ってしまった。
けれど、すぐに買い物のあてを思いつく。

この時期、どこへ行っても目につく、かわいいパッケージのチョコレートたち。
どれにしようかなぁ?
私は、久しぶりに訪れた街の雑貨屋さんで、あれこれと見て回っていた。

あ!今年は作ってみようかな?
以前、クリスマスケーキを焼こうとして失敗した苦い経験がある。
でもチョコだから・・・少しはラクかもしれない。
急遽予定を変更して、ラッピンググッズを見ることにした。
袋ものを買っておけば、包むのもカンタンだよね。

気づいたら、関係ないものまで買い込んでいた。
あとは製菓用のチョコと材料を買うだけね。それは近所の大型スーパーでも
じゅうぶん間に合う。

彼のお言葉に甘えて、ちょっとおいしいものを食べて帰ることにした。
昔よく来たパスタ屋さん。ランチタイムにはまだ早いから、席もすいてるかもしれない。

ドアベルのついた懐かしいそのドアを開ける。
そういえば、彼とは一度しか来たことなかったんだっけ・・・。
「おいしいおいしい」と言って、彼ったらしばらくパスタ料理に夢中になって、
自分で作っていた。
あの時と同じものを注文した。私はクリームソース系が好き。
カロリー高すぎたかも・・・?産後だから動くの少ないし、体重落とさなきゃいけないのに。

でもたまにだからいいかな?なんて思いながら、私は至福の時をパスタとともに過ごした。



          * * * * * * *



お店を出て通りを渡り、寒空の中、靴音を響かせ舗道を歩いていると、
ふと指先が軽いのに気づく。
あれ?ない・・・指輪がない!!

あわてて辺りを探す。キョロキョロしては車道の方まで見渡す。
ない。
もしかしたら落としたのは、さっきランチを食べたパスタ屋さんかもしれない。
私は急いで引き返した。

私たちは婚約指輪も結婚指輪も、特別用意しなかった。
けれど、彼とおそろいで買ったそのシルバーのリングは、結婚指輪のように
お互い薬指にしていたもの。
それをつけ始めてからなんとなくいいことが続き、私たちにとっては
ラッキーリングのようでもあった。
妊娠後期はむくんでできなかったけれど、出産後むくみが取れたからできるように
なったばかりだというのに。
なぜか買った当初より指だけやせたみたいで、指輪がゆるくなっていたから
気をつけていたつもりなのに。

私にとって、彼とのつながりを表す大切なもの・・・。
それを落とした私は、彼の想いまで失ってしまうような気がした。

どうしても探し出さなきゃ!!

お店に戻る道も、目を皿のようにしてくまなく探す。
指からするりと落ち、道路にある下水の網まで転がっていってしまったのだろうか?


「すみません!」
私は息を切らしながら、お店のウェイトレスさんにたずねた。
「はい、何か?」
「こちらのトイレに指輪を落としたかもしれないので、探させていただいても
 よろしいでしょうか?」
「は、はい・・・」

さっき手を洗った時は、確かに指輪をしていた記憶がある。
だとしたら洗った後、するっと抜けてペーパータオルとともにゴミ箱行き。
それしか考えつかない。

「少々お待ちくださいね」
いったん奥に引っ込んだウェイトレスさんは、店長さんであろうその人を連れてきた。
「トイレで落とされたんですか?」
「はい、落としたとしたらたぶん・・・」
「じゃ、どうぞ」
女子トイレであるにもかかわらず、その方は一緒にゴミ箱をさらってくれて、
おまけに流れてしまった可能性まで考え、洗面台のパイプまでこじ開けてくれた。

けれど・・・ない。

レジの周りから、座っていたところも何度となく探してくれた。
けれど・・・ない。

「掃除の時気をつけて見てみますので、見つかったらご連絡差し上げます。
 お名前と電話番号をお伺いしてもよろしいですか?」
「はい、お手数をおかけして申し訳ないです・・・」
私は小さくなって、深々と頭を下げた。


失意のままお店を出て、もう一度、歩いた道を探した。
途中で交番に立ち寄り、落とし物がないかたずねてもみた。

「遺失物の届け出をしますか?」
「・・・いえ、いいです・・・」
そんな小さなもの、たぶん出てこないだろうと思ったから。

彼の想いとぬくもりがこもっているようで、あんなに大事にしていたのに。
落とすなんて、私って本当にバカだ・・・。
冬の空の下、震えてしまったのは空気の冷たさのせいではない。
心が寒くなって、私は今にも泣き出しそうだった。



          * * * * * * *



途中、あまりの悲しさに、あの指輪を買ったお店に立ち寄ることを考えつく。
同じものがほしい。
失くしたあの指輪でなければ意味がないのに、私はどうしても失くした事実から
逃れようとしている。


「ごめんなさい・・・あれは限定品で、同じものはもう入荷しないんですよ」
店員さんは申し訳なさそうに言った。
「そうですか・・・。さっきその指輪落としてしまって・・・どうしても同じものが
 ほしくて・・・」
「あらあら・・それは・・・・・。あ、でも大きなサイズで一つだけ残ってますよ?」
「でもそれじゃ指にはめられないから・・・」
言いかけてふと思う。
この際持ってるだけでも、ラッキーリングの役割を果たしてくれるかもしれない。

「これ、ペンダントトップとして使うこともできますよね?」
私はたずねていた。
「そうですね、こんな感じのチェーンに通せば・・・ほら?」
店員さんはつけて見せてくれた。

「それ、いただきます!」
サイズは大きいとはいえ、ここで同じものが残っているということこそ、
ラッキーなのかもしれないと思ったから。
「すみません、つけて帰りたいんですけど・・・」
すぐにでも身につけて、失ったかもしれないものを取り戻したかったのだ。
我ながらなんて浅はか・・・。

「指輪、見つかるといいですね?」
「・・・ありがとうございます・・・・・」
私は精一杯笑ってみせた。

私の胸元に揺れるリングのペンダント。
だけど、指輪を落とした事実は変わらない。
彼になんて言おう・・・。
泣きそうな顔で家路につく私だった。



          * * * * * * *



「おっかえりー!」
玄関に入るなり、彼が出迎えてくれた。
その雰囲気だと、やっぱり相当奮闘したみたいね?私を待ちかねてた様子。

「ただいま・・・ありがとう。ごめんね、たいへんだったでしょ?」
「・・ん?・・まぁ・・・正直たいへんやった!ミルク足りん、眠い、うんち出た、言うて
 泣きわめくし。オマエの苦労が身に染みたわ!!」
「そう?」

私には笑う余裕がない。それどころか彼が
「今日、どやった?少しは気晴らしになった?」
と声をかけてくれたとたん、ぽろぽろと涙が頬を伝って落ちてしまった。

「どないしたん?!」
「・・・ごめんね・・・・・」
「??」
「・・・ごめん・・指輪・・・・・落としちゃった・・・・・」
そのまま彼の胸に顔をうずめて泣いた。

「・・なんや、そんなん泣くことないやろ?」
「だってあれ・・大事だったのに・・・!!」
「また別の買えばええやん?」
「だって・・おそろ・いで買った・んだよ?そろってな・くちゃ・・意味がな・いよ・・・」
情けないくらい泣きじゃくった。美羽が起きてしまうんじゃないかってくらい。

あまりに私が泣くものだから、彼もどうしたらいいのかわからなくなっている。
困らせてるね・・・私。
「・・・ほら、落ち着いて・・・とりあえず顔でも洗って・・・」
「うん・・・」

私は洗面所に行く。
あーあ、久しぶりにしたメイクがボロボロ。やだ、スカートこんなとこにシミ付けてる!
なんだかつくづくついてない・・・。
早く脱いでシミぬきしなくちゃ、とスカートのボタンに手をかけたその時、
ちゃりん。金属音がした。

え?床を見る。え??
そこには、あんなに探しても見つからなかった指輪が、何事もなかったかのように
転がっていた。

いったいどこから出てきたの?ポケット?服と服の間?いつ入り込んだんだろう?
そんなこともう思いつかない。私は指輪を握りしめたまま、床にへたり込んだ。
じわじわと再び涙がこみ上げてくる。

「何やってんねん?」
彼がのぞきに来た。
「・・・あった!あったの!!指輪・・・」
「え?どこに?」
「なんだかよくわからないけど、出てきたの!!」
「なんや、オマエ落ち着いとるように見えて、オッチョコチョイやもんなぁ?
 でもよかったやん」
「うん」
「そうカンタンに失くなったりせぇへんのよ、ワシの愛がこもっとるから」
「・・え?また買えばええって言ってたのは誰?」
「・・・・・それより、この胸のペンダントは何?おんなじリングついとるけど?」
話をはぐらかされた?
「これは・・・ラッキーリングペンダントだよ?」
「おんなじのがあったんや?」
「うん」
私はアクセサリーのお店に立ち寄ったことを話した。

「ふーん・・・同じリングが呼んだんかなぁ?双子同士がテレパシーで呼び合うみたいに」
「双子・・・?」

あれ?さっきの店員さん、もしかして・・・?
白い羽の天使のサーヤ?!
だからあんなにミラクル・マジカルな見つかり方になったのかもしれない。

「見つかったって電話しなきゃ。パスタ屋さんにも店員さんにも迷惑かけたし・・・」
「なに、あのパスタ食うたん?ええなぁ、また行きたいわ」
「そうだね、今度はみんなで行こうね」


私は、パスタ屋さんの店長さんとアクセサリーのお店の店員さんに、電話のこちら側で
頭を下げながら、お礼を言った。
「ありがとうございました!ご迷惑をおかけしました」
「よかったですねー!」
二人とも偽りのない言葉で、喜びを伝えてくれた。

生きていて、こういうほんのちょっとした時に、人生まんざらでもないなと思う。

あ、彼が呼んでる。

「今日はパスタ食いたい!!ワシが作るから!!」
「ええ?またぁ〜?」
私はめんどくさそうな、それでいて幸せに満ちた声を返した。



          * * * * * * *



後日談。
手作りチョコは無事完成し、彼の口におさまった。
ちょっぴり悲しい想いも味わって、出来上がったそのチョコは
ほんのり苦くて、でも甘い甘い幸せの味がした。

ショコラ・ビター・スウィートな生活。
あなたもどうぞ召し上がれ。