「絆」 〜二人の変遷〜


外は秋の長雨。こんな日は家でふだんできないことをしよう。そうだ、写真の整理。
アルバムに貼っていないものがけっこうあるから、ちょうどいい。

よっこらしょと分厚いアルバムを引っ張り出すと、まだ全体の半分ほど貼る余地がある。
ええと、写真の袋は・・・と、袋を取り上げようとした時、同時プリントに出して出来上がってきた
ばかりの写真が、バラバラと袋からこぼれ落ちた。

あ、これは今年の花火大会の時の浴衣姿。
「ふふ、彼ったらけっこう似合うのよね」
などとひとり言をつぶやく私。

二人のアルバムの始まりは一年ちょっと前。あの花火大会の後からだった。と言ってもニヶ月後には、
会社も辞めてさっさと結婚してしまったので、恋人としての写真はほとんどないのだけれど。

つい懐かしくなってアルバムを始めからめくってしまう。
「だいたい片づけをすると、こうやって見入っちゃうからはかどらないのよ」
私はへへっと舌を出す。

去年の晩夏の私たち。にこやかに笑う彼の横でちょっとムリしてる私。
まだどことなく初々しくて、ぎこちない。二人してピースしてるところが若さを表してる。
たった一年前のことなのに。
「なんだかかわいいなぁ・・・」
自分たちのことを他人事のようにつぶやく。

これは・・・去年の秋。一枚の紙を持って写ってる、婚姻届だ。
二人はこの日、晴れて夫婦になったんだった。出会った頃よりずっと、私は彼に寄り添っている。
自分の心が表れているみたいで、少し恥ずかしくなった。

あれからいろんなことがあった。

初めてのクリスマス。ケーキを焼こうと失敗して、泣きべそになってる私。
二人きりのお正月。初詣に行って、引いたおみくじが・・・。
「なんでオマエは大吉で、ワシ凶やねん?!」
文句たれてるところを私が撮った。

そして・・・今年の春。お花見に行って・・・あの人にバッタリ会ってしまった。
「こんにちは」
「久しぶりだな、元気か?・・・あちらの方は?」
「あ、主人よ。去年秋に結婚したの」
「へー、そうだったんだ・・・おめでとう」
「ありがとう。そっちはどう?変わりない?」
「・・・あの女とは別れたよ」
「へぇー、そう。じゃ目の毒だったかしら?」
「はいはい、邪魔者は消えます。それじゃ・・・」
あえて少し離れていた彼とお互いに会釈し合って、あの人は立ち去って行った。

彼は公園の桜の木の下で私の写真を撮った。カラ元気を出して話した後の、涙がにじみ出るような
切ない顔・・・。私の心は彼に見透かされている。
その後、タイマーにして二人の写真を撮ったけれど、彼の顔は空虚に満ちていた。
あの時彼がつぶやいた言葉、今でも覚えてる。
「桜の木と芝生の緑、コントラストがきれいやなー。オマエとワシ、お互いがこんなふうに
 輝き合えたらええのに・・・」
胸に響いて痛かった。

そのすぐ後だった、私が母になるのが明らかになったのは。

まだ貼っていない写真をアルバムに貼り付けていく。

いちばん最近のは、大きなおなかを横から撮った写真。
そして、彼の横に私がぴったりと寄り添っている最後の一枚。
それはベッタリらぶらぶというよりも、もっと穏やかな・・・永いこと連れ添ったような
深みを感じさせるものだった。

たった一年なのに・・・いや、一年かけてようやく夫婦らしくなってきたのかもしれない。
二人の愛の変遷みたいなものが見える。なんて言うとものすごく照れ臭いのだけれど・・・。


「ただいまー!」
彼が帰ってきた。やだ私ったら、夢中になってて気づかなかった。もうこんな時間!?

「何してんのー?あ、こないだのもう貼ったん?どれどれ?」
アルバムを覗き込む。
「なぁ、これ・・・」
と最後の写真を指差す。
「お互い、すでに結婚5年目のような落ち着いた雰囲気が漂っとるでー?!
 来年幼稚園入りますっちゅーくらいの子供がいてるわ、これはっ」
「やっぱりそう思う?」
二人して笑い出す。

私にとって彼は、これほどに自分を変える男なのだ、と実感する。
この外見の変化も中身もたぶん・・・私の中の目覚めによるものだろう。
彼の心が私を揺り動かして、妻らしく導いてくれたのだ、きっと。
なんてことは、ちょっと恥ずかしくてとても彼には言えない。

「すぐごはんのしたくするね」
「今日、なに?」
「シチューにしようと思ってたんだけど、時間かかっちゃうから・・・」
「ええて!はよ作ろう!ワシも手伝うわ」

ぬくもりの漂うキッチンで、二人並んでしたくして・・・どこかのCMみたいに、
二人向かい合って食事する。
幸せなんてこういう何気ない日常のことなのかもしれない、ね?