「絆」 〜初めての絆〜


オマエと出逢った花火大会の夜、「じゃあ・・・」と言って二人別れた。
別れ際にワシのケータイNO.のメモ手渡して。

あんなふうに昔の男を思い出しとる子に、ワシの方からはとてもTELでけへん。
っつーか、彼女からは番号教えてもろてへんのやけど・・・。
だからワシのケータイはしばらくの間、待ち受け専門になっとった。

ある日の夜、残業を終えてそろそろ帰り仕度をしとった時のことや、ピリリリリとケータイが鳴った。
表示を見ると、見覚えのない番号!もしかして?!

「もしもし?」
「・・・あの・・夏菜です・・・。山丘さん、お仕事残業ですか?」
当時はまだ、お互いをやっとのことで「山丘さん」「夏菜さん」と呼び合う間柄やった。
「いや、もう帰ろうとしとったとこです。あ、これから一緒にメシでも食いません?」
「え・・・はい・・・」
「待ち合わせどこがええですか?今どこにいます?」
「あ・・の・・・すぐ近くに・・・」
「近くって?」
「山丘さんのビルの前にいます・・・」

んあ?!窓から外を見下ろすと、通りの反対側に女の子の姿・・・オマエが立っとったんや。

「ま、待っとってください、すぐ行きます!!」
ワシはスーツのジャケットをはおり、慌ててエレベーターの↓ボタンを押す。
なんやねん!こないな時に限ってなかなか来ぃへんやんか〜っ!!
待ちきれず、ワシは階段を降りて行った。オマエに向かって気持ちばかり焦らせ
足がもつれそうになりながら。

ようやくのこと外に出ると、オマエが小さく手を振っとった。

「夏菜さん、いつからそこにいたんですか?もしかして夕方からずっと?!」
「・・・もうすぐ出てくるかなーって思いながら待ってたら、ついこんな時間に・・・」
「もっと早うTELしてくれればよかったのに?!」
「・・・TELしづらかったんです・・・」
それだけ言うと顔を真っ赤に染めとるオマエを、ワシは・・・恥ずかし気もなく言うでーっ?!
現在のオマエ、ええかー、よう聞いてな?
オマエのこと・・・めっさかわええって思ったんやっ!!

食事なんて言うたけど、なんも考えてへん・・・。どこにしよう?
「あの・・・何が食べたいですか?」
月並みにワシは聞いてみた。
「山丘さんは何がお好きですか?」
「え?ワシは・・・定食みたいなんが好きなんですけど・・・それじゃ・・・」
「それにしましょう?どっちみち私、あんまり食べられそうにないし・・・」
「胃の調子でも悪いんですか?」
今思えば、なんて無粋なことを聞いたもんやわ。
オマエがほんのりと頬を染めとったのに気づかんなんてな?

(男の人とごはん食べるなんて緊張しちゃって・・・食べられそうにないの)
そう言いたかったオマエの言葉を察することができたんは、定食屋でワシだけガツガツ食って
オマエはほんの少しおかずを口にした時やった。
その、前好きやった「あの人」っていう男の前でもせやったんかなぁ?食えへんかったんやろか?
食いもんがノド通らなくなるほど好かれるって、男冥利に尽きるわ。
なんや、ただのうぬぼれと「あの人」に嫉妬しとるみたいになってしもたな。

オマエはワシの前に座って、ワシの下らないジョークにも付き合うて笑うてくれとる。
せやけど・・・遠いんや。
オマエの目はワシの肩を越えて、もっと遠くを見つめとるような気がして・・・。

一杯ひっかける店は知っとっても、シャレた酒飲むような店は知らんかったワシ。
なんでやー?!なんでこういう時のために情報仕入れとかへんの〜っ?!
ワシは心でため息をつく。

「もう一軒行きましょうか?」
ワシは思いきって切り出してみた。
「お酒ですか?」
一瞬オマエの瞳が輝いたように見えたんは、思い過ごしやなかった。

ちょっと雰囲気のある洋風居酒屋で、オマエは冷酒をぐいぐい飲み干したんや!
男の前で食えん言うてた、同じ女が、やで?!

「山丘さんもじゃんじゃん行っちゃってくださ〜い?」
投げかけられるぼやけた視線、ほんのりと紅く染まる肌に、ワシは何やら・・・
アカン!!ぶるぶるっと頭を振りつつ、ワシも冷酒のグラスを煽る。

ワシらが店を出たんは、閉店間際、それも追い出されたっちゅーのんが正しいかもしれへん。
真夜中、電車もない。週末や、タクシーも拾えん。

どこをどれだけどうやって歩いたのかよう覚えてないんやけど、
目が覚めたら、ワシは部屋でゴロ寝しとった。
しかも!ワシのベッドにはちゃっかりオマエが寝とるやないか?!

・・・ま、まさか・・・?いやいや、それどころやなかったはずや。
二人とも部屋に辿り着いて、寝るのんが精一杯やったはずやわ。そんなんあるわけがないっ!!
無い袖は振れぬ。無い記憶は絞り出せへん。

悶々としとるワシのことなどまるで気づく様子もなく、オマエはすぅすぅと寝息を立てて
熟睡しとる。その寝顔がまた邪心が無くて、ホンマに子供みたいやったわ。

「ううん・・・」と一言唸って、オマエが目を覚ました。
表現するならば「?!?!」という記号が正しいやろ、オマエはそんな顔をしとった。

「あ、あの・・・山丘さん・・・?」
「お目覚めですか?」
「わ、私・・・?」
「きみはベッド独り占めして、ワシは床でごろんところがってましたわ。9月とは言うても朝晩は冷えるなー、
 寒かったわ〜!!」
ワシは大げさに言うてみる。
「ごめんなさいっ!風邪ひきませんでした?」
「う、もうひいとるかもしれへん!熱が・・・」
「熱?!」
オマエがワシのおでこに手のひらを当てる。
「うっそぴょーん!」
一体いつの、誰のギャグかようわからんけど、かましたワシの一言にオマエは怒るでもなく、
ただ「よかった・・・」とホッとしてつぶやく。その姿にワシはこめかみをぶち抜かれたような気がした。

「熱があるとしたら・・・それは僕の心やな・・・」
我ながらなんてキザな臭いセリフを言うんやろ?!自分でもびっくりしたわ!
「熱を帯びた心を手当てできるのんは、一人しかいないんや・・・」
「それって・・・?」
どことなく期待を持ったオマエの目。ワシももはやジョークはかませられない。
「好きや・・・」
胸がきりきりと切なく痛んだ。

「山丘さん・・・」
オマエの柔らかい髪がワシの胸にうずまってきた。
それ以上は何も無くて、ワシもただそっと肩を抱いとるだけやった。
なんやろな、オマエといると「メラメラと燃え上がる恋」っちゅーよりも、「炭火の遠火」って印象を受ける。
ささやかに確実に燃え続けていくような・・・。

そん時やろか、ワシがオマエと一緒に暮らそう思ったんは。

オマエがワシの部屋から朝帰りする。ワシが土曜も仕事やなかったら、もう少しゆっくりできたんやけど・・・。
ワシは、帰り際のオマエのおでこにチュッとキスをした。
「じゃ、また・・・」
恥ずかしそうに言いながら、オマエは・・・ワシの頬にキスをした。

ボケッとしとるヒマはない、あわててコーヒーだけ口にして、ドアを開ける。
オマエと初めて迎えた朝は、今まで生きてきた中でいちばん朝日がまぶしかったような気がした。


こんな時もあったんやな・・・昔を思い出すのんは年取った証拠やろか?

「ねぇ、トイレの電球が切れちゃったの。替えてくれる?」
今じゃムードもヘッタクレもないような、ごく普通の生活と会話。
それでもワシは幸せを噛みしめとる。

夏菜、ワシと生きてくれてありがとう・・・。