「絆」 〜愛しの我が家〜


「すんません、その物件、見せてもらってもええですか?」
そう言い出したんは、誰あろうワシの方からやった。

ある日店長がこぼした
「なかなか売れそうもないんだけどな。リフォームすりゃなんとかなるだろうって話だが・・・」
その一言に、ワシの興味が湧き出したんや。

聞けば、小さな庭付き一戸建てやけど、築33年。
売主は70歳を過ぎたおばあちゃんで、息子さん夫婦と同居することになったため、
手放すことになったらしい。現在は既に空家になっている。

築30年以上となれば、土地代だけ、上物(うわもの)はタダみたいなもんやな。
最近は都心回帰と言うべきか、都心のマンションが手頃な価格で手に入るように
なったせいやろか、
郊外のこのテの物件は、なかなかキビシイ。

それでも惹かれるものを心に覚えて、ワシは店長に物件を見せてもらうことを申し出たんやった。
心惹かれたんは、昭和45年築、年齢で言うたらワシと同い年っちゅーこともある。
せやけど理由はそれだけやなかった。
なぜかこの話を真っ先にあいつ、夏菜にしたかったんや。



「築何年?」
「33年。ワシと同い年や!」
「ずいぶん年季が入ってるね」
「そこがええトコやんて、ワシがえらい年取ってるみたいやないかい?!」
「アハハッ!!そういう意味で言ったんじゃないけどさー。でも実際ボロボロで、
 手加えたりしなきゃ住めないんじゃないの?」
「そりゃ少しは手ェ加えなアカンやろけど・・・」

夏菜は少々渋るような顔を見せたけど、ワシはポンポンと肩をたたき、夏菜をうながす。

「ま、ものは試しに見に行ってみようや、なぁ?」
「・・・うん・・・」



次の水曜日、店の休みを利用して、ワシらは美羽を連れて、郊外のその家を訪れた。
雑木林に囲まれ、田舎の風情を色濃く残す景色の中に、その家は佇んどった。
前の道からは、猫の額ほどの庭先からこぢんまりした家が見える。

ドアを開け玄関に入ると、まるで誰かの家に遊びに来たかのような感覚が、ワシの心を
よぎった。

玄関を上がってすぐ左が、4畳半ほどのフローリングのダイニングキッチン。
板の間の台所って言うた方が正しいかもしれん。
流しに向かっておかんがなんや作ってる記憶が、勝手によみがえってくる。

台所から続く一間は6畳の畳敷きの部屋。ここはお茶の間やったんやろな。

お茶の間のすみっこに引き戸がある。ガラリと開けると・・・
そこには、板敷きの3畳ほどの部屋が。ここはなんやろ?窓がぐるりと囲んどって、
もしかしたらサンルームやったんかもしれへん。

美羽もそうやけど、さっきから夏菜が美羽以上にやたら静かや。
古いとかなんや文句つけるんやろ思うとったけど、どないしたんやろ?

ワシはそっと夏菜にたずねてみた。
「・・・どう?」
「・・・うん・・・」
「ん?」
「なんかね・・・」
顔をのぞきこむと、うっすらと涙を浮かべとるやないかぁ!?
「ちょっ・・どないしたん?!」
「・・なん・・か・・・懐かしくて・・・・・昔、子供の頃に住んでた家に似てるから・・・・・」

夏菜の目はどこか遠いところを見つめているような気がした。
少女時代の夏菜が、きゃっきゃ笑いながら、お茶の間でテレビを見ている映像が
ワシの脳裏にも浮かんで消えた。

「そうかぁ・・・こういう家に住んどったんや?」
「うん」
夏菜の昔の話は聞いてはいたけど、子供の頃住んどった家の具体的な話を聞くのは、
初めてやった。

ワシらは続けて家を見て回る。
1階はあと、風呂とトイレと洗面所のみ。
階段を上がると、つきあたりが物入れになっとる。収納はそこそこあるな。

2階は畳敷きの2部屋。
それぞれが押し入れ付きの4畳半と6畳の部屋で、ベランダに面している。
ベランダから下を見下ろすと、猫の額の、せやけどきちんと手入れされた植え込みと、
小ぶりな柿の木のある庭が見えた。


「古いけど、ここに住んでみたい・・・」
夏菜の方からこんな言葉が飛び出すなん思わんかった。
「うん」
ワシもうなずいた。
「ここ、住もう。な?」
突然、美羽がきゃあきゃあとはしゃぎ出した。小さいなりに理解しとるんかもしれへんな。


「さ、これからお金がかかるから、いろいろと節約だね!」
張り切って夏菜が言う。
「まずはパパのおこづかいの節約からかな?」
「ちょ・・・それはカンベンしてや〜?!」
ワシは頭をかかえておどけてみせる。

これからこの家で、どないな物語が綴られていくんやろ?
ワシらの愛しの我が家は、さまざまな色に変わってくんやろなぁ。

明日店長に「決めました」って言おう。

あたたかな陽ざしが、ワシらの幸せの行方を物語ってくれとるような日やった。