「絆」 〜Lovin’You〜


世間は大型連休に突入した。けれど、我が家の主は今日もご出勤。
ゴールデンウィークなんて誰が言い出したんだろう?
黄金どころか銀にもなりゃしない。鈍色(にびいろ)の光を放つスチールがせいぜい
じゃない?と苦笑いしてみる。

それでも明日は待ちに待った定休日。せめてほんの少しでもお休み気分を味わいたい。
「ねぇ、明日はどこ行こうか?」
私は期待を込めて、彼に話しかけた。
「そやなぁ・・・・・どこ行っても混んでんのとちゃうかなぁ?」
「明日はカレンダーじゃ平日なんだから、まだマシな方じゃない?」
「んーーー・・・」
「なんだか乗り気じゃないみたいね」
「そんなことないて!」

しばらく考え込んだ後、彼はぼそっと言った。
「そうや、こんなんどう?」
「なに?」
「題して、想い出めぐりツアー!」
「は?」
「自由ヶ丘のパスタ屋さんでランチして、横浜で観覧車乗って・・」
「横浜はこの前行ったばかりじゃない」
「あれは結婚式やろ?その前にパスタ食いに行こ言うとったやないか」
「なんか・・・手抜きしてない?」
「してへん、してへん!」

なんだか体よくごまかされたみたいな気がするけれど、美羽をつれて想い出めぐりに
出かけることになった。



          * * * * * * *



久しぶりに訪れたパスタ屋さん。
私はバレンタイン以来だけれど、彼は、私がつわりになる前以来だから、かれこれ
1年ぶりということになる。
今日は汗ばむくらい暖かいし、美羽が騒ぐと迷惑になるから、テラス席にしよう。
美羽の乗っているベビーカーを傍らに寄せ、籐椅子に腰を下ろす。

「何にしよか〜?」
瞳をキラキラさせて、まるで子供のようにメニューを見ている。
私はいつも決まってるベーコンとほうれん草のクリームパスタ。
「ワシは・・・うーーーーーん・・・・・シンプルにペペロンチーノにしよ!
 すんませ〜〜〜ん!!」
この街のこの店にちょっと不似合いな関西弁が店内にこだまする。
かわいいエプロンドレスのウェイトレスさんは、彼のオーダーの声を静かに聞きながらも、
笑顔が心なしか引きつってるように見える。
そんな気がするのは、私だけかしら?

「セットのお飲み物は何になさいますか?」
「え?あ・・・何にしよ・・・あん時何にしたんやったっけ?」
「ハーブティーだよ・・・」
私はなんだか赤面して、小さくなりながら答えた。
声がデカくて、ウェイトレスさんが笑いをこらえてるよ?
「そう!ハーブティーを2つ!」
「はい、かしこまりました。お飲み物はいつお持ちしますか?」
「後で!」
場の空気を読めないはずはない彼なのだが、今日はなぜか気合いが入っているようで、
声がデカい!

私は、バッグから美羽用のミルクとお湯の入った哺乳瓶を取り出し、さっさと作り始める。
その様子を彼がじっと見ているので、私は「なに?」とたずねてみた。
「いや・・・・・いちいち作らんでもええやん思ってな」
「作りおきはダメなのわかってるでしょ?」
「いや・・・そーゆーコトやなくて・・・そこにあるやろ?」
「!?」
彼はあろうことか、私の胸元を指さしていた・・・。

「人前でできるかいっ?!」
私は赤くなりながら、ツッコミを入れた。
「大丈夫やて!授乳中はワシがガードしたるから!」
「そんなんよけいあやしいわ!」
私までつられて関西弁になっている。
「なんや、せっかく便利なもんがあるのになぁ・・・」
「アホ!!」
ニヤつく彼に私は一喝した。
ったく、いったい何を考えてるんだか。

パスタを「美味い、美味い」とあっという間にたいらげた彼は、またも「すんませーーん!」と
声を上げ、ドリンクの催促をしている。
美羽はおネムのようで、ミルクを半分ほど飲んだ後、すぐにすやすやと眠り始めた。

二人静かにハーブティーをカップに注ぐ。
沈静効果のありそうな香りが、辺りにほんのりと漂う。
そう言えば、あの頃はもっと言葉少なに、こうして向かい合ってすわっていたんだった。
時が流れて、別個の人同士だった二人は、一つの共同体のように変化していった。

「たまにはこんなんもええなぁ・・・」
うれしそうに彼がつぶやく。
「そうだね・・・」
私が穏やかに返す。
店内には Minnie Riperton の「Lovin’You」が流れていて、二人ともどことなく
気恥ずかしさを漂わせている。

ふだんは生活としてしか感じられない空気が、「生きてる」実感として伝わってくる。
ホント、たまにはこんな時間もあっていい・・・。



          * * * * * * *



店を後にした私たちは、横浜に向かった。
午後の光は、徐々にオレンジ色を帯び始める。
もうすぐこの色が、光のグラデーションとなってブルーへと落ちてゆくのだろう。

平日とはいえ、さすがGW。思いのほか観覧車は混んでいて、ようやく乗れた頃には
辺りはもう、夜明け前の海のような色をしていた。
ベビーカーをたたみ、目が覚めた美羽を抱っこしながら、私たちは初めて夕方の観覧車に乗る。

あの日のように、少しずつ地上が遠ざかってゆく。
時は静かに私たちを変化させた。けれどこの空間には、あの日の二人がほんの少しだけ
残っているような気がする。

「こっち来ぃへん?」
彼が手招きする。
「え・・うん・・・」
私は美羽をひざに乗せ、彼の隣りにすわる。
「あぁ〜〜うーーー」と、美羽は、空に浮かんだ自分を楽しむかのようにごきげんだ。

「なんや、照れるわ・・」
「なによー、自分でこっちに呼んでおいて?」
「ん・・・」
一瞬視線が合わさった。でも次の瞬間恥ずかしくなったのは私の方で、彼は瞳を
そらさずにいた。
呼吸する息づかいまで一つ一つ感じられるこの狭い空間で、再び時が止まる。
ゆっくりと瞳を閉じ、唇を合わせると・・・
「エヘヘッ」と美羽が笑った。
私たちも思わずつられて笑い出した。

あなたと出逢って、ぬくもりの存在を知った。
言葉にも温度があるんだということを知った。
愛しいと想う気持ちの大切さを教わった。
こんなこと口にできないから、せめて一言伝えたい。
「ありがとう」
「何が??」
「幸せだなって思って・・・」
「なんやねんな〜?急にー?!」
照れ隠しなんだろう、彼はふにゃっと笑いながら
「オマエ、ズルイで?ホンマ・・・」と困ったように言う。
私は「えへへ・・・」と美羽みたいに笑った。

紺青に暮れた空を、大きな円を描いて観覧車は巡る。
私たちのささやかな夢や希望を乗せて・・・。

今夜は手をつないで私たちの家へ帰ろう。