「絆」 〜Lunaの魔法〜 


季節の変わり目には、いろいろと生活環境が変わる人が多いせいやろか、店の客が増える。
今日もこれで何人目やろ。
物件を見るために、現地へお客さんを案内せなアカンのやけど、ワシの運転やったら
お客さんに万一のことがあっては困ると、社長にこっぴどく言われとるから、
それはもっぱらベテランのおやっさんの仕事。

「おまえもなー、ペーパードライバーいい加減なんとかしろよ?」
ついに社長にグチをこぼされてもうた。
社長にそこまで言われて、引き下がったら男やないで?


「おーっしゃっ!車買うでーっ!!」
夕飯の時いきなり言い出したワシに、夏菜は「??」な顔をした。
「どうしたの?」
「買う言うたら買うんや!」
「今だってそんなに余裕ないのに・・・?」
「・・・夏の海岸の道を家族でドライブ、気持ちええでー?」
「夏は終わりました」
「・・・これからは紅葉やなー。行楽シーズン到来!」
「あなたの場合、カーナビがないとたどり着けないのと違う?」
「オマエが地図読めれば、問題ないやろがーーーーっ!」
「あー、すみませんでしたねー、読めない女でっ!」

くつろぎの晩餐のはずが、どっかの番組やないけど、「Fight!!」状態になる・・・。
ハイチェアに座とった美羽は「まんま!!」とおかわりをねだっとるし。

最近、美羽も目が離せんようなったなぁ。
こないだは、えっらい静かやなー思っとったら、ざざざーっと波のような音が・・・。
なんやろ?と見に行ってみたら、まー、一面に広がるきれいな白い砂浜・・・。
ちゃうわい!こら、洗濯石鹸やないかぁぁぁぁっ!!
箱のふたがゆるんどったせいで、簡単に開けてスプーンですくい出して、床にばらまいとったんや。
ベランダにいた夏菜が洗濯物干し終わって、洗面所に行った1秒後、ため息のような悲鳴が。
「ああああーーーーっ・・・・・・・」←たぶん撃沈。
その矛先は美羽のみならず、ワシにも向けられる。
「なんでぇぇぇぇっ?!」
ハイ、ワシの監督不行き届きです。

そんなこんなで、我が家は毎日、そりゃーもう大騒ぎさ!・・・はー・・・・・。

「明日、車、見に行こ!」
「えー?ホントに買うの?」
「ええやん、これからは何かと必要になるやろし。なー?」
「うーん・・・・・」


かくして我が家に初めて車がやってきた。OH,MY ST○P WAGON!
美羽を乗せるチャイルドシートの装着もバッチリや!
帰宅してから、近所を路上教習中のワシ、だいぶ上達してきた。
夏菜は、「まだ同乗はしない」と冷たい言葉を言い張っとるけどな・・・。



          * * * * * * *



運転にも慣れたころ、ようやく社長からOKが下りて、路上デビューと相成った。
今日は、お客さんの案内やなくて、今リフォーム中の物件の様子を見に行く。
丘の上に建つそれは、うちの店でもかなり上かもしれへん家賃の一軒家。
築年数はけっこう経っとる物件やけど、小高い丘の上にあるせいで、見晴らしが
めっさええのんが自慢なんやわ。
こんなとこに住む人って、やっぱりファミリーなんやろなぁ。

「川口っさん(かわぐっさん)、調子はどうっすかねー?」
ワシは、棟梁である川口っさんに声をかける。
「おー、山丘さん、ここんとこ雨が続くからなー、家ん中がメインで、外がなかなか
 片付かねーよ」
「雨やから足場に気ィつけてなー?」
「ありがとよー!」

古ぼけた家が少しずつきれいになって、新たな想い出が刻まれてゆく・・・。
センチメンタルな気分に浸りつつ、ワシはその家を後にして、店の車に戻ろうとした。
家の隣りにある小さな公園。木が鬱蒼と茂っとって、夏はつかの間の涼風を運んできそうやな。
なぜか歩いてみたなって、小雨の中、ワシは公園に入って行った。

丘の上からは、眼下に家々の明かりが見渡せる。
すぐ近くには団地があり、その子供たちも遊んどるんかもしれへんな、ブランコやすべり台が
雨に濡れとった。
その中に木のテーブルとイスがぽつんと佇んでる。
その上には、まるで屋根のように木々の枝が合わさって、ええ具合に雨をさえぎっとった。
葉についた雨粒が、時々ポタポタッと落ちてきたけど。
隣りの家もやけど、この公園から見る眺めもええなぁ。

ふと、思いついた。ここってええかもしれん・・・。
ワシは一人で納得して、公園を後にした。



          * * * * * * *



「だから何なのよ〜?」
「ええから、来ればわかるて!」
数日後の休日の夜。ぶーたれた顔の夏菜と半分眠りこけた美羽を乗せ、ワシらのワゴンは走る。

あの丘の上の家のすぐ横に車を停め、家を覗くと、休日にも関わらず、川口っさんたちはまだ
働いとった。
「お疲れさーん!」
「おお、山丘さん、今日はどうしたんだい?」
「え、あぁ、ちょっとね」
「おや・・・家族そろって・・?」
美羽を抱いた夏菜は、わけがわからないまま会釈した。
「ちょっとそこまで・・ね」
疑問の顔つきの川口っさんに言葉を返すと、ワシは「こっちや」と夏菜をそこに連れてゆく。

丘の上の公園。
テーブルとイスに夏菜を座らせる。寝ぼけまなこだった美羽も、お目覚めみたいやわ。
「どう?」
「・・・きれいだね・・・」
今日は朝からすっきりと晴れ渡っとったから、今夜の夜景は格別やな。
それに、絶好の・・・。

「あそこ、見てみ?」
ワシが指さした先には、ちょうどええ具合に大きな月がのぼっとった。
木々の隙間から、またのぼったばかりの大きな満月。
なんて静かで幻想的なんやろ・・・。

「よくこんなとこ見つけたね?」
夏菜がつぶやいた。
「隣りの家の様子を見に来た時な、なんやこの公園に入ってん。高台で夜景がよう見えるし、
 たぶんこの木の間から見える月はきれいやろうな、思ったんや」
「そう・・・」
「いやー、オマエが喜びそうな気がしてな・・・どうせなら一緒に見てみたい、って。」
「・・・・・」
「いちおう調べてんねんで?月齢。そしたら満月で、のぼる時間もちょうど・・・
 なんてええタイミングや思たけど、ホンマにこれって偶然やろかー?
 ヒトのカラダも心も、月の引力に左右されとるんかなぁ?」
「月の引力・・・?」
「いや、ワシらを引き合わせてくれたのも月やったんかもしれん、思て・・・」
「そういえば、あの晩も月が出てたね・・・」
夏菜がワシの部屋に初めて来た日のことや。

「きっと月の女神、Lunaの魔法やな・・・。」
相変わらず、ワシはクサいセリフを吐き出してもうた。
「・・・よく言えるよねー、そういうこと・・・・・」
そう言いながらも夏菜は、ワシをじっと見た。
「なんやねん?!照れるやんか!!」
「恥ずかしいのはあなたの言葉の方でしょう?」
ハッと気づく。またケンカしとる?
「あー?まんま?」
美羽が月を指さして言ったので、二人で笑ってもうたわ。
せんべいにでも見えたんか?美羽?

辺りは静まり返って、人通りもない。ただ月が見とるだけや。
美羽の頭の上で、二つの顔は近づいて、そっと唇を交わした。
「ワシまで月の引力に引っ張られてもうた!」
「これは引力なんかい?!ええかげんにしなさい!!」
日に日に、夫婦漫才が板についてくる二人やわ。

月は人をロマンチックにする・・・。あなたも誰かと月見、いかがですか?
そこにはきっと月の女神が・・・。
「誰に言ってんの?」
不思議そうな顔をして、夏菜が突っ込んできた。
「ええやん、語りかけてんねん!」
「誰に?」
「オマエ、ロマンチックのかけらもないんか?」
「えへへ・・・」
夏菜が突然、手をつないできた。
「どーだ?文句言えないでしょ?」
はい、ごもっともです・・・。

もとい・・・
月は人をロマンチックにする・・・。あなたも誰かと月見、いかがですか?
そこにはきっと、月の女神が微笑んでるかもしれませんよ?