「絆」 〜 のぞみ 2019 〜



高校生活も残すところあと3ヶ月。
ほとんどの子が大学へ進学するという進学校の中で、あたしは春から社会人になる。
シングルマザーである母の庇護から離れ、自立への道を進む。

たかだか18年の人生だけど、決して平坦な道のりではなかった。
父のDV、それによる離婚、母ひとり子ひとりの余裕のない生活。
あたしのために身を削って働く母は、時にあたしにもきつく当たった。
なんで?なんであたしだけがこんななの?そう思いながらずっと自分の宿命を呪ってた。
斜に構えて周りを拒絶することでしか、自分自身を守れなかった。
教室の中では、ひとりでいることが多かった。ひとりでいる方が気楽だったのだ。


でも、彼女だけは違った。こんなあたしに自分から声をかけてきてくれた。

「なんの本読んでるの?」
「・・・左沢瞬介の小説・・・」
「うわ、のぞみちゃんってオトナなんだね」
「のぞみちゃん・・・・・・」
「あ、ごめん、勝手に呼んじゃって。かわいい名前だから『ちゃん』の方が合うと思って(^^ゞ」
「・・・ちゃん付けはちょっと・・・。のぞみ・・でいいよ」
「じゃ、あたしのことも美羽って呼んでね?」

それが彼女との最初の会話だった。あたしの唯一の友達かもしれない。美羽。


部活帰り、今日も美羽はあたしに話しかけてくる。

「今日さー、帰りにどっか寄らない?」
「え、だって今日は美羽の誕生日じゃん。早く帰らなくていいの?っていうか
 あたしとどっか寄ってる場合じゃないでしょ?カレシと約束あるんじゃないの?」
「・・・ただ今ケンカ中・・・」
「誕生日なんだからさっさと仲直りしなよ。せっかくのプレゼントが・・・」
「プレゼントでつられたりしないの、あたしは!」
「いいじゃん、ケンカできるだけいいじゃん。贅沢だな、美羽は」


そう、美羽は贅沢。ごくごく普通に生まれて、当たり前のように愛情を一身に浴びて。
世間のほとんどの人の日常が、あたしにとっては非日常だったこともあった。
当たり前って、本当は当たり前じゃないんだよね。

美羽は天真爛漫で、ご両親に大切に育てられたんだなってちょっぴり羨ましくなるけど、
あたしだって希望だけは捨ててない。
親から「のぞみ」という名をもらったから。


「とにかく早く帰りなよ、さぁ!」
そう言いながら、あたしは美羽の背中を押した。

美羽は困り顔をしながら小さく手を振り、踵を返した。

「バイバイ!また明日ね。あ、明日はもう部活ないか・・・来年ね!」
あたしがいつもより大きな声で言うと、
「うん、ばいばーい!またメールするね〜☆」
かわいい笑顔で美羽は手を振った。


年が明ければオリンピックイヤーか・・・早いなぁ。
4年後のあたしは、もう少しマシな性格になってるかなぁ?

だけどちょっぴり思う・・・当たり前って本当は当たり前じゃないんだって
気付けたこと、それだけでもじゅうぶん幸せで、大きな成長を遂げた証かもしれない。