「絆」 〜桜散るころに〜 今年は例年より桜が早い。せっかくの花たちも雨にうたれ、首を重そうにかしげていたかと思うと、 あっという間に散り始めてしまった。 「もう葉桜になってしもたなぁ・・・」 公園の桜の木の下、娘の美羽(みう)を抱っこした彼が、黄色味を帯びた緑の新芽を眺めながら言った。 「うん・・でもまだところどころ咲いてるね」 わずかばかり残った薄桃色の花片たちを見上げながら、私は答えた。 私は目の前の桜を愛でつつ、いつか見た桜の大木に想いを馳せていた。 そして去年、まったく別の桜の木の下で、あの人に偶然会ってしまった。 苦しい想いでさよならを告げたあの人に・・・。 思い残したことがないと言ったら嘘になる。 けれど、また私はあの人に小さな嘘をついた。でもそれは、私にできる精一杯の強がりだった。 「1年のうちでたった1週間なんて、なんだか儚い・・・」 私がひとりごとのようにつぶやくと、 「だからこそええねんで?花は散るからきれいなんや。って、どっかで聞いたようなセリフやな?」 彼は笑う。つられて美羽も「アァウ〜」と笑った。 雪のように次から次へと舞い落ちる花びらの中、しばらくの間佇んでいた。 「おーい、何ぼーっとしてんねん?行くで〜?」 かすかな声にふと見ると、ごきげんな美羽をあやしながら、彼はあんなに遠くまで行ってしまっている。 「待ってよー!」 私は駆け出す。 これからも迷うこと、たくさん待ち受けているだろう。 道はまっすぐじゃないかもしれない。 でも振り返らずに行こう。 心地よい風の中、私は小さく決心した。 |