「絆」 〜桜の季節のファンタジー〜


今年も桜の季節がやってきた。
我が家のベランダからも、近くの公園の桜がほんの少しだけ見える。
ああ、春だなぁ・・・。

ほどよい陽気に、なんだかまぶたが重くなってきた。
美羽もぐっすり寝ているし、私も一緒にお昼寝するとしよう。
「ええなぁ、オマエは。ワシも一緒に昼寝させてーな!」
と言う彼の声が聴こえたような気がした。

ベッドに入ってほんの数分も経たないうちに、どうやら寝入ってしまったらしい。
が・・・しばらくして誰かに揺り起こされて目が覚めた。

「・・・・だ、だれ?」
(私です・・・)
「さ、サーヤ?!」
なぜか私には、美羽の守護霊であるというサーヤが見えてしまうのだ。

(美羽ちゃんもだいぶ大きくなりましたね)
「そうね。最近じゃ、なかなか言うことを聞いてくれないことも多いし・・・」
(・・・それでは、美羽ちゃんの心のうちを、ほんの少しお教えしましょう)
「え?どういうこと?」
(見ていればわかります)

サーヤは私を手招きした。言われるままにそばに寄り、彼女の指さす方を見ると・・・
なんと、私自身がキッチンからやって来た!!


「美羽、いい子にして待っててね」
もうひとりの私は言った。
「あーい!」
美羽は答えていた。
が、次の瞬間、不思議な声が聴こえてきたのだ。


(ママ、いっちゃったー。
 たいくつだなぁ。ママはいそがしそうだし。
 なんだかおなかすいた・・・。あたしのすきなソフトせんべい、どこにあるんだろう?
 いつものあそこかな?よっこらしょっと!
 おっとっと!ぶつからないようにあるかなきゃ。
 あれぇー、とどかないよー!マーマー!マーマー!
 きこえないのかなぁ?)


あー、美羽ったら危ないー!!


「マーマー!!」
「どうしたの?美羽」
「マーマ、おてんべ、おてんべ!」
「え?おせんべ?ああ、いつものね?ちょっと待ってて」

(あれ?なーんだ、こっちのとだなにはいってたのか・・・)

「はい、ゆっくりゆっくり食べるのよ?」

(んまんま・・・このあじがすきなんだー。えへへへ。
 あ?おくちのまわりにいっぱいついちゃった。ふきたいなー。
 てっしゅはどこかな?てっしゅ、てっしゅ。
 よっこらしょっと!あ。てーぶるのうえにあるみたい・・・。
 と、とどかないよー!)


美羽ー、まただー!よろよろして危ないってばー!!


「マーマー!」
「今度はなぁに?」

(ん、ここ、ふきたいの)

「あららら、お口のまわりおせんべだらけね。ふきふきしたいの?」

うん、うん!

「はい、きれいきれいになったよ」

(あー、じぶんでふきたかったのにー!)

「ああああーん!」
「なぁに?あら?お手手も?」

(ちがうよー!じぶんでふきたかったんだよぅー!)

「ほら、お手手もきれいきれい」

(ママったらー!もうっ!じたばたしてやるー!)

「あああああーん!!」
「美羽はオネムなのかな?そろそろねんねしようか?」

(やだやだやだ!ちがうもん!)

「ちょっと待っててね、ママお片付け終わったら、一緒にねんねするからね?」

(あー、ママー!あーんあーん!!!
 どーしておとなはこどものきもちがわかんないの?!
 もう!みうだっておこるからね!いらいらするんだからっ!
 ああーっ、ないたらおはながでちゃったよー。てっしゅてっしゅ!
 しゅっ!ってとって、ちーーーん!ってじょうずにできないんだなー、みうは。
 もういちまい。しゅっ!
 あれ?えへへへ。
 しゅっ!もういちまいしゅっ!しゅっ!しゅっ!!
 あははは!おもしろいぞー?しゅっ!しゅっ!しゅっ!)


あっ、あっ、そんなにおいたしてー!!美羽ー!もうひとりの私が怒り出すよー?!


「美羽ー、ごめんねー、さ、おねんね・・・」
ほら、もうひとりの私が戻ってきた!

(あ)
美羽が一瞬ひるんだみたい?(笑)

「美羽ー!」
(ママのおかおがちょっとこわい・・・)

「おいたはダメでしょーっ!こんなにティッシュを散らかしてー!!ただでさえパパが
 たくさん使うっていうのにーっ!!」

(しょぼん・・・。せっかくたのしかったのに・・・)

「うえーん!!うえええええーーーーーんっ!!」
「ほら、もうおいたしないのよ?わかった?これは遊ぶものじゃないの。だいじだいじ
 なんだからね?」

(うん。っていっておこう・・・)


美羽ー!!うんって言っておこうだなんて、その年の分際でなんと生意気なっ!


「さ、お昼寝しましょう。ご本読んであげるね。何がいいかなー?」
「こえっ!こえっ!」
「このうさぎさんのご本ね?」

(ねむくないけど、しょーがない、ねんねするかぁ・・・。
 ごほんよんでくれるけど、ママったら、みうよりさきにねちゃうんだよー、ほんとは。
 ほーら、ねむそうなおめめしてる。
 みう、ぜーったいねないもん!ねない・・・ねむくない・・・ねむくなんか・・・・・・)

「あら、もう寝ちゃった。おやすみ、美羽・・・」
もうひとりの私は、キッチンの方へ立ち去った。


(どうですか?美羽ちゃんの心のうちは)
「・・・そんなことを思ってたんだ。まだまだ小さいと思っていたのに・・・」
(人の意識は、年齢と関係なく存在するんです。私たち霊にもちゃんと言葉があるように)
「そうだったのね?でももうひとりの私には、私は見えていなかったの?」
(ええ、私が存在を消していましたからね)
「サーヤはそんなこともできるんだ?まるでドラ○もんみたいね?」
私がそう言って笑うと、サーヤは催眠術をかけるかのように囁いた。

(さ、そろそろ戻ってくださいね・・・・・)

私は何かに吸い込まれるかのように、再び睡魔に襲われた。


プルルルル・・・という電話の音に目が覚めた。
あわてて受話器を取る。
「・・・はい、山丘です・・・」
「なんや、何回鳴らしても出ぇへんから、美羽と散歩にでも行っとるんか思たわ」
「ごめんね・・・」
「ええ季節やから、気持ちようなって昼寝でもしとったんとちゃうかー?
 ええなぁ、オマエは。ワシも一緒に昼寝させてーな!」
「ち、違うわよ!」
私は焦りながら、とりあえず否定しておいた。

「それよりなに?なんか用だったんでしょ?」
「あ、明日の休みな、店長が一緒に花見でもどうか?言うてな。
 散らんうちに、はよ見に行こうや」
「遠くまで行かなくても、近くの公園でもお花見できるけどね」
「まぁええやん、デカイ桜の木がある○○公園にでも行こうやって、店長が言うてん」
「いいよ、じゃ、お弁当だね」
「面倒かけるけどよろしゅうたのんます!ほんじゃ!!」
「はいはい・・・それじゃね」

お花見か・・・去年の今ごろはもう、ほとんど咲いてなかったんだったっけ。
お弁当何にしようかな・・なんて考えながら、ふとさっきのできごとを思い出した。

夢じゃなかったよね?あれはサーヤが私に見せてくれた、美羽の本心。
春の昼下がりのひとときのファンタジー。
たまにはそんな日もいいかもね。