「絆」 〜真珠記念日〜


「じゃ、ちょっと買い物行ってくるけど」
「ああ」
「美羽がお昼寝から目を覚ましたら、そこの・・・」
「離乳食食わせりゃええんやろ?大丈夫や、まかしとき!」
「うん。じゃ、お願いね。いってきます」
そう言うてあいつは出かけてった。

ふと思い出す。
あいつがこうして買い物に出た後を、つけたことがあったなぁ。
あれから1年の間に、生活は様々に変化した。
美羽という家族が増え、あいつはすっかり母親のカンロクが出てきたっちゅー感じやわ。
ワシも、父親としての姿が少しずつ板についてきたんとちゃうやろか?

それにしても・・・美羽が寝とってあいつがいないと、家の中がえっらい静かやなぁ。

窓の外に目をやると、緑がだいぶ色濃くなってきたことに気づく。
梅雨の晴れ間のまばゆい光が、ベランダの鉢植えの葉脈までも浮き上がらせとる。

緑と光のハーモニーを眺めながらおだやかな時を過ごしている、
なんてひとりカッコつけとったら、突然静けさをつんざくように、美羽がうぎゃーーっと
泣き出した!
お目覚めかいな?姫さま。

「はいはいはい、どないしたん?おなかちゅいた〜?」
およそ他の人には聞かせられへんような赤ちゃん言葉で、ワシは話しかけとる。
「ん?あ?!やられたぁ!ワシしかおらん時に、デカいのやったなぁ?美羽ーーー!?」
オムツ替えは苦手や・・・。しかも、できるならデカい方は替えたないっちゅーんが本音やわ。

やれやれ、おしりふきできれいさっぱり。
「あー、きもちいいでちゅねー?」
「あぅー」と笑う美羽に、ワシも顔をくしゃくしゃにしながら笑って返す。

美羽を抱き上げて、あやしながら窓の外を見とったら・・・なにやら雲行きがあやしく
なってきた。
にわかに空がかき曇り、ぽつぽつと雨が・・・。梅雨時の雨というよりも夕立ちやな。
ベランダの花々たちが、軒下の雨に打たれて、ほんの少し首をうなだれとる。

あ?あいつ・・・傘持って出たんやろか?
あわてて玄関の傘を見ると、あいつの赤い傘がぽつんと残っとった。
雨は・・・降り出したばかりで、当分の間やみそうもない。
いつものスーパーに行ったんやろなぁ。軒先で雨宿りしとるあいつの姿が見えるような
気がした。

ワシは美羽をだっこひもでだっこして、右手にあいつの傘を持ちながら美羽を支え、左手で
傘をさして外に出た。
こんな時ワンボックスの車でもあれば、スーパーの前にキキッと横付けして
「迎えにきた」なんて言えるんやけど。
店までの道はケヤキの並木が続いとって、目にも鮮やかな緑が雨でよりいっそう
際立つようやった。
ワシが歩いとる横を、車が水をはね上げて走ってく。

店に着いた頃には、雨は幾分小やみになっとった。
軒先にあいつの姿を探したんやけど、見つからへん。
もしかして行き違い?小やみになったから、もう店を出てしまったんやろか?

店に隣接するパン屋のウィンドウに、美羽をだっこしたワシの姿が映る。
すると・・・「どうしたの?」いう声が聴こえ、パン屋のカフェコーナーから
オマエが出てきたやないか。
「迎えに来てくれたの?」
とたずねるオマエに、
「あぁ、タバコも切れとったし・・・」
と、ワシは思わず答えてもうた。
オマエをつけてここまで来たあの日みたいに。

「雨がやむまで、カフェで休んでようと思ってたの」
「そうなんや?」
「ごめんね、わざわざありがとう」
そう言うて微笑むオマエに、「せやからタバコが・・・」なんて言葉を返すのは、
もうやめにしたわ。
「なんや、迎え行きたなってな・・・」
ワシも少し照れながら笑った。

せっかくだからと二人で、カフェコーナーでコーヒーを一杯ずつ。美羽にはオレンジジュース。
ぼけーっと道行く人を眺めとると、傘の花が減り始めたことに気づく。
「ぼちぼち行こか」
「うん」

雨は上がったみたいやな。
店から出て歩き出すと、美羽が「ああー?」となにやら興味深そうに見とるもんがある。
「ん?」とオマエとワシが目をやると、そこには雨に打たれてもなお、崩れずに
しっかりと張っているクモの巣。
水滴が丸い粒となって、糸に沿って連なっとる。

「なんだか真珠みたいにきれいね」
オマエがつぶやいた。
「せやな・・・」
「あぁうー」
ワシと美羽も(たぶん)うなずいた。

「そう言えば、6月の誕生石は真珠だったよね」
「せやったっけ?」
宝石の名前すらよう知らんワシやけど、これだけはわかる。
「じゃ、道端のアジサイの葉っぱにキラキラ光ってんのは、ダイヤモンドやな?」

昔、○○○記念日っていう有名な本があった。
真珠もダイヤも今んところ買うてやれへんけど、その本になぞらえて、こんな言葉なら
ワシにも贈れるで?

オマエが「真珠みたいにきれいね」と言うたから、今日は”真珠記念日”やな。