「絆」 〜親友・茂子〜


「ほら、来とったで?」
DMやら領収書に混じって送られてきた1枚のハガキを、彼は差し出した。
「あー!茂子からだ〜っ☆」

”お久しぶりです。お元気ですか?”
ハガキには、茂子の何とも言えず味わいのある文字が並んでいた。


彼女とはひょんなことから知り合いになった。
あれはまだ私がOLとして働いていた頃。
その日、私は女友達と飲みに繰り出していた。気持ちよく煽ったとこまではよかったが、
悪酔いしすぎて吐きそうになり、帰る途中で茂子のつとめるスナックに駆け込んだのだ。
「と、トイレ貸してくださいっ!!」
後はいわずもがな、である。

「お酒の力に頼りすぎるのはよくないわ。どうせ飲むなら楽しいお酒にしましょうよ?」
彼女はそう言いながら、トイレから出てきた私に「はい」とコップの水を渡してくれた。

当時は茂子の言わんとしてた意味がわからなかったが、彼女の生活を知ってからは
身にしみてよくわかる。

茂子には二人の息子がいる。上が10歳、下が8歳で、彼女が上の子を身ごもったのは20歳の時
だったという。相手の男は・・・茂子があまり言いたがらないからよく知らないけど、
初めは優しかったのだそうだ。
それが一緒に暮らし、日を追ううちに、酒に溺れて暴力を振るい出す男へと豹変していった。
幼子を抱えて彼女は家を飛び出し、今も働くそのスナックで住み込み同然に雇ってもらったのだ。
昼間はスーパーでレジを打ち、夜はスナック。必死で子供二人を養ってる。

彼女には頭が下がる。うちのだんなさまと同い年で、私より5歳年上だけど、大切な親友だ。


その茂子と久しぶりに会ったのは、もうずいぶん前のこと。
まだ美羽を出産する前だったっけ。


彼女のハガキの文字を眺めながら、私は彼女と会ったあの日のことを思い出していた。



          * * * * * * * *



待ち合わせてた駅の改札に、彼女は5分ほど遅れて到着した。

「ごめんねー、出る時子供がおやつとか騒ぐもんだから、手間取っちゃって・・・」
「こっちこそごめんね。お子さん大丈夫だった?今日はスーパーお休みだったの?」
「ええ、今日は定休日だし、夜もスナック休ませてもらったの」
「なんだか悪いことしちゃったね・・・」
「ううん、今日はお母ちゃんも休業っ!!さー、思いっきり歌うわよーっ!!」

私たちは足取りも軽く(いや、私のからだは重そうにだけど)、カラオケ屋さんへと歩き出した。

席へついた茂子がまじまじと私を見て言う。
「おなか、ずいぶん大きくなったわね、今何ヶ月だっけ?」
「そろそろ8ヶ月」
「じゃあ、もう動くでしょ?」
「すごいよ、ケリ入れてくるもん!」
「そうだよねー?なんだか懐かしいわー」

茂子の目が遠くなる・・・。
私はちょっとあわてて、オーダーするメニューを開いた。

「なに飲むー?小腹もすいたよね?」
「そうだなー、あ?あなたはアルコールダメよ?」
「はいはい、飲んでません!」
お姉さんに従順な妹でしょ?

二人ともウーロン茶、焼きそばとサンドイッチの盛り合わせを頼んで、さっそくに歌い始める。

私はとりあえず「ア○ハ蝶」。これ歌ってみたかったの。けど息継ぎどこですりゃいいのよ?!
1曲歌い終わったとこでものすごい疲労感に襲われた。
茂子は・・・「なーつくさがー」と歌い出す。ケ○ストリーってむずかしくないの?
やっぱりね、歌い終わったとこで「声が出ないわ・・・」って言ってる。

さて次は、と選曲していると、ふたりで顔を見合わせた。
そこには、某ボーカリストの名前が・・・。
「なんだかさー、ガッカリしちゃった。彼ってけっこう好みだったのに、恋人発覚かぁ・・・
 今時のかわいい子がいいのねぇ、やっぱり・・・」
茂子がつぶやいて肩を落とした。
「まだまだ青いのよ、彼は・・・」
私はその彼より3つ年上をいいことに、偉そうなことを言ってる。

はー・・・なぜかふたりしてため息をつく。

「あなたがため息つくことないでしょう?そうそう、だんなさまってどんな人?」
茂子が身を乗り出して聞いてくる。
「え、どんな人って・・・不動産屋につとめてて・・・」
照れ臭くてついとぼけてしまった。
「そういうことじゃないでしょーが?!包容力があるとか、優しいとか」
「・・・うん・・・いつもやんわりと話すんだよね。強い語調ではなく、諭すようにゆっくりと。
そういうところからも、苦労してきたんだなって汲み取れるような人・・・。
私は彼を好きになるべくしてなった、そんな感じがするの」
照れ臭いって言うわりには、こんなことも言えちゃう私って・・・。

「ノロケられちゃったわ・・・熱い熱い!!でもね、きっとあったかく包み込むような人なんでしょうね?
 だから・・・前の人とのことも・・・あ、ごめん・・・」
「いいのよ」
私は無意識におなかをさすっていた。


届けられた焼きそばを取り分け、サンドイッチをつまみ、私たちはガンガン歌う。

茂子はさっきから切な系の演歌ばかり歌ってる。
「あーまぎーご〜え〜♪」

ああ、切ないわねぇ・・・茂子が呟いてる。
「もしかして?茂子、今恋してるの?」
「へっ?!そんな・・・違うわよ!」
「ウソついてもすぐバレるんだよ?茂子顔に出るんだから・・・」
「えっ、顔に出るって?!」
「ほーらね?」
「カマかけたね?!ずるーいっ!!」

茂子が好きになった人ってどんな人なのかな?すると、ぽつりぽつり話し出す彼女。
「私ね、男なんてもう好きにならない、恋なんてしないって思ってたの。子供もいるし。
 だけどね・・・好きになっちゃったらもうどうしようもないのね・・・」
恋愛ってそういうもの。自分の抑制もきかないくらい、理性も働かないくらい焦がれてしまうもの。

「その人もね、一度結婚してるんだけど、うまくいかなかったんですって。
 優しすぎてもダメ、要はボタンを掛け違えてないかってことなのかも・・・?」
そうだね・・・。私は掛け違えてないつもり、彼でよかったと思ってる。

「ゆっくりゆっくり育んでいけばいいじゃない?」
私はお姉さんにナマ言ってしまったかな。
「でも早急なのも恋、よね?」
自分自身がそうだったせいもあって付け加えた。


「お客さま、お飲み物のおかわりはいかがでしょうか?」
ドアが少しだけ開いて声が聞こえる。
え?おかわりなんて、ファミレスみたいなの今時のカラオケ屋さんはやってるの?

入ってきたのは、店員さんじゃなくて誰あろう、彼だった。

「やだもうー!なんでここにいるの?!」
「え、ちょっと外に出たからついでに・・・」
びっくりする私を横目に、彼は茂子に挨拶する。
「はじめまして、山丘です。夏菜がいつもお世話になってます」
「いえいえ、そんな・・・こちらこそお世話になってるんですよ、ね?」
「え?!」
「オマエ、人の世話なんやけるんか?」
「失礼ねー!これでも恋愛のエキスパート・・・」
そこまで言ってだまった。
「・・・オマエ、誰かに恋してるんとちゃう?!」
「なに言ってんの?!そんなわけないでしょっ?!」

まあまあ・・・と茂子の方が気をつかって、間に割って入ってくれた。

「夏菜はね、だんなさまにベタボレですから、安心してくださいね」
彼に話しかけてる!
「さっきの言葉、言ってあげたら?」
私の肩をこづく茂子。
「さっきの言葉?」
彼が私の顔を覗き込む。
「・・・好きになるべくしてなった・・・そんな感じがする、って・・・」
私は頬を赤らめながらようやく言った。
「・・・アホ!!・・・帰りますわ・・・」
彼はそれだけ言って、ドアを出る。でも耳が赤くなってた。

恥ずかしがり屋なんだよね・・・人前じゃあんまりベタベタしないし。

「だんなさま、素敵な人だね。大切にしなさいよ?」
茂子お姉さまがおっしゃるから、
「はーい」
と元気よく答えてさしあげた。

「ね、カンパイしない?」
私はウーロン茶のグラスを持ち上げる。
「何にカンパイするの?」
茂子がたずねてきたから、私はすかさず言う。
「茂子の恋にカンパイ!!」
「じゃ、幸せな妊婦にカンパイ!!それと、と・・・」

茂子は大好きなボーカリストの彼の名を口にしようとしたのだろうけれど、急にだまった。
「あの子にカンパイなんかしてやるもんかー!」
なんて叫ぶから、私も一緒に笑った。


茂子とはほんの数時間だったけど、久々に発散したし、楽しいひとときを過ごさせてもらった。

「今度会う時はきっとママだね?」
茂子がうれしそうに言う。
「じゃ、茂子は、女にいっそう磨きがかかってるね?」
私も答えながら手を振って別れた。


どんな小さなことでもいい、喜び合える幸せ。私たちはささやかな幸せを求めてる。
望んでも叶わない、理不尽や不条理を感じずにはいられない世の中だとしても、
夢を希望を忘れずにいたいのだ。

茂子と私、そして彼と私の出会いもまた、巡り合わせという幸せに他ならない。
開口一番、彼に言う言葉を胸に、私は家路を急いだ。



          * * * * * * * *



そう、あの日言った言葉を、今もずっと思ってる。
隣りで新聞を読む彼に、今日も口にしてみよう。

「お互いに成長していこうね」
「どないしたん?急に?」
「これからもずっと・・・」
「あったりまえやろー?ずっと一緒やで」

心なしかあの頃よりもずっと、彼は自然に感情を表してくれてるような気がする。
彼のぬくもりを頬に受けながら、私は幸せを噛みしめた。


ねぇねぇ茂子、また久しぶりに会おうよ?