「絆」 〜スノー・ホワイト・ブーケ〜


夏菜とケンカした。
ことの始まりはワシなんやけど。

最近、オマエの態度はよそよそしい。なんでや?
そう思ったワシはたずねてみた。

「なんや、ワシのこと避けてへん?」
「別に?」
「よそよそしいわ」
「それはあなたでしょ?陰でコソコソ何やってるの?隠し事あるんじゃないの?!」
「いや・・・」

指摘されてワシは口ごもった。
そうや、ワシはウソつくのヘタやったんや。

「正直に白状しちゃいなさい!」
「いや・・・別になんも・・・」
オマエの目がコワイわー。

「そう、わかった。もういい。何にも聞かない」
「え・・あ・・ちょっと待てや?もうすぐわかるて・・・」
「もうすぐ?わかるって何よ?!」
「せやからもうすぐやて!!」
ワシもだんだん白熱してもうた。

「別に悪いことしてへんよ!!この目見たらわかるやろがっ?!」
「・・・よどんでる・・・」
「これは寝不足やんっ?!オマエのイビキがうるさいから」
「イビキかいてるのはあなたでしょうーーーっ?!?!」
オマエの怒りが一気に爆発した。

すると辺りの空気を察した、というよりその声の大きさに
美羽がほぎゃーーーーっと泣き出した。
よしよしよしと美羽を抱き上げあやしているオマエの目が、ワシをにらんでいる。
ふぅ・・・とため息をつき、ワシはベランダに出てタバコを吸った。



          * * * * * * *



「ところであれ、どないなってる?」
「ん?ウチのが手配してくれてるから大丈夫!準備万端だよ」
ワシは結婚しとる友達と電話で話しとった。

「けど本当にいいのか?奥さんに内緒にしといて?」
「だって嫁はんに言うたらイミないやん?」
「どうやって連れ出すの?ケンカしてるんだろ?」
「・・・どっか出かけようとか言うわ」
「やだって言われたらどうすんだよ?」
「・・・・・・・」
「わかった、オレたち当日そっちに行くわ。オレらも一緒に行くんだったら
 行かないって言えないだろ?」
「悪いけどそうしてもらえるか?」
「OK!じゃな」
「ホンマにすまん・・・ありがとう」

夏菜に内緒でいろいろと動くのは、正直やりにくいしちょっぴり胸も痛むけど、
これもオマエを驚かせて喜ばせるためや。

3月16日まであと少し。



          * * * * * * *



今回のケンカは長引き、とうとう当日の朝まで持ち越してしまった・・・。
いまだ不機嫌なオマエに、ワシは話しかける。

「今日一緒に出かけよう?」
「何言ってんの?仕事は?」
「休み取ってん。一緒に出かけよう思って・・・」
「美羽連れて?」
「うん。友達も一緒なんやけどな。ほら、こないだ結婚したばかりのアイツと奥さん」
「なんでもっと早く言わないの?!だったら前の日から準備してたのに!」
「・・・とにかくもうすぐ来るから」
「もうっ!そんな急に言われたって・・・!!」

うう・・・こんなんで上手くいくんかいな?ちょっと不安になってきた・・・。


ピンポン♪チャイムが鳴って、アイツらが迎えに来た。
「おはようございます。土曜の午前中から押しかけてすみません・・・」
「いいえー、お久しぶりです。ちらかってますけどどうぞ・・・」

こういう時の女の豹変ぶりは、目を見張るものがある。
ワシは友達とそんな会話を目で交わした。

「すみません、すぐにで申し訳ないんですが、そろそろ行かないと・・・
 予約してるもんですから」
頭をかきながらヤツがオマエに言う。
「そうですか・・・じゃ・・・」

オマエは美羽を胸に抱き、玄関先でワシに耳打ちした。
(いったいどこ行くの?)
(行けばわかるて!)
(なんか食べるの?)
(え?まぁ・・・横浜や)
横浜、と聞いたオマエの顔色が少し変わった気がして、
ワシもちょっとだけ切なくなった。


それにしても、美羽を連れて出かけるってのはたいへんやな。
お世話グッズ一式持って出ないとアカンから、荷物がかさばってかさばって。
時々美羽のだっこを交代して。


現地に着いた頃には、すでに少しヘトヘトになっとった。

「ここやで」
ワシが案内した場所を見て、オマエは怪訝な顔をする。
「ここ?」
ここは横浜のとある美容院。
「私の友達がやってるとこなんです。どうぞ」
ヤツの奥さんがオマエを促して入っていく。

「いらっしゃいませー、お待ちしておりました。こちらです、どうぞ」
狐につままれたような顔のオマエと一緒に、奥に入って見たものは・・・。

「え・・・?」

ワシも一瞬声が出なかった。なんや想像しとったのより、ずっとすごい・・・ちゅーか
きれいやなぁ・・・また鳥肌が立ちそうやわ。
白い生地(これはサテンて言うんやったっけ?)の、なんや舞踏会みたいなドレスに
薄い生地(こっちはオーガンジーとか言うんやろ?)がふわっと重なって、
胸元にレースの刺繍がついとる。
なんや恥ずかしいけどアイドルみたいな、でもめっさきれいなウェディングドレスが
そこには掛けられとったんや。

「サイズは合うはずなんですが・・・先にこちらを着ていただけます?
 髪とメイクは後からすぐしますんで」
「え、はい・・・」
オマエはワシに説明を求める視線を送っとる。

「ホワイトデーには2日遅れやけど、バレンタインのお返しや」
「これって・・・?」
「結婚式してへんかったし・・・」
「・・・・・!!」

二人とも言葉につまった。
するとその空気をさえぎるかのように、美容院の人が言う。
「はい、だんなさんもこちらで着替えてくださいね?あ、赤ちゃんは・・・」
「私が預かって見てますから」
ヤツの奥さんが進み出て、美羽をだっこしてくれた。


どれくらい時間が経ったんやろか?ワシはヘアメイクもとっくに終わって、
着替えの座敷に美羽を寝かしつけたまま、自分もうとうとしそうになってもうた。

「できましたよ」
美容院の人に呼ばれ、ワシが見たオマエの姿は・・・ここで言葉にするのは気恥ずかしい。
照れ隠しのせいもあって、「うわ、これめっさきれいやなー?」とドレスの背後に回り、
細部までよう見てしもたわ。

さっき掛けられとった時はよう見えんかったけど、胸元のレースはぐるっと背中まで
縫い付けられとるんやな。
「背中のくるみボタンも花もなんだかかわいいでしょ?」
オマエもうれしそうに言う。
ウェストに巻きつけられた細い共布のヒモは後ろで結ばれて、その上にふわふわした
花がついとる。
ベールはごくシンプルやけど、これはなんて言うんかな?白い真珠とブルーのビーズで
彩られた王冠みたいなやつを、ちょこんと頭に乗せて・・・。
「このティアラすてきでしょ?でもこのブーケもかわいいの」
はー、ティアラっちゅーんか?オマエに言われて、手元のブーケにも目をやる。
白い可憐な小花がこんもりとまぁるくまとめられて、薄いブルーのリボンが結ばれとる。
あ、かすみ草くらいはワシにもわかるで?

ホンマ、オマエ好みやなって思う。よう選んでくれたわ、ヤツの奥さん。センスええんやなぁ。
「いろいろとありがとうございました!!」
奥さんと美容院の人にふたりでお礼を言った。
「いえいえ、ちゃんと山丘さんが夏菜さんのイメージを伝えてくれたから、あとは、ねぇ?」
「ええ、あとはそのイメージに合うように、ヘアメイクしたりするだけだから。
 ブーケは、花屋の友達がイメージどおりに仕上げてくれたんですよ」
二人で顔を合わせてうなずいている。

ホンマにワシらは、いろんな人に助けられてここまで来たんやな。

「タクシー、着いたよ」
ヤツと美羽を抱っこしてくれとる奥さんがワシらを呼んでる。
さぁ、まだまだこれからやな。
ワシはオマエの手を取った。



          * * * * * * *



美容院の前につけられたタクシー。ヤツが前の座席へ、美羽を抱いたままの奥さんと、
ドレスとベールの裾を気にしながらオマエ、最後にワシが乗り込む。

「おまたせしました。どちらまで?」
「ええと・・・山手坂教会までお願いします」
「はい、わかりました」
運転手さんは答えた。
「結婚式ですか?ええなぁ」
ふと・・・その関西弁に記憶が蘇る。
「あの・・・もしかして・・おやじさん?」
「は?確かにおやじさん・・て呼ばれてますけど・・・?」
「やっぱり!?!」
「あ、あれ?もしかしてあの時の妊婦さん?!」
オヤジさんとワシは二人して顔を見合わせる。

「その節はどうもありがとうございました。あの時産まれたのがこの子なんです」
オマエが頭を下げ、美羽を指差した。
「いやー、こんなんあるんやねぇ?ほんなら今度乗せる時は何やろなー?」
おやじさんは笑った。

ホンマになぁ、世間は広いようで狭いっちゅーの、たまーに深く感じる時ってあるんやわ。

タクシーが教会に着いた。
「幸せになりぃやー?ってもう十分幸せやろーけど?」
「ありがとうございました!またお会いしましょう」
「あぁ、また呼んでなー?」
微笑みながら一度だけ手を振って、おやじさんは車を走らせて行った。


辺りには、自分たちの親とごくごく親しい人たちだけやけど、集まってくれとる。

ワシらが着いたとたん、みんなの目はオマエに集中した。
オマエだけじゃなく、ワシ自身も思いのほか恥ずかくなってしもて、下を向いとった。

「いつの間にこんな・・・・・みんなに連絡してたの?」
オマエはようやくのこと、近ごろのワシのコソコソが何のためだったんか
わかってくれたようやな。
「ありがとう・・・」はにかんで笑っとった。


教わった通りの言葉をあわててオマエに伝授して、ワシは牧師さんの前で待つ。

赤いじゅうたんのバージンロードを、父親と並んでこちらに向かいオマエが歩いてくる。
父親の腕から手を離したオマエは、ゆっくりとワシの隣りに並んだ。

ワシの記憶が定かなのはこのへんまでやわ。あとはよう覚えてない。
答えるべきことを答え、先月ラッキーリングとしてちゃんと手元に戻ってきた指輪を
オマエの左手薬指にはめ、ワシの指輪もはめてもらって、ベールを静かに持ち上げて
キスをしたはずなんやけど。よう覚えてない。みんなが歌う賛美歌が流れてたことだけ、
記憶の断片に残っている。

大緊張のまま式を終えた。みんなは一足先に外に出る。
ワシらがいざ外に出る段になって、思いもよらない考えがふとワシの頭をよぎった。
この際や、こんなん一生に一度しかできんかもしれへん。
ワシはよっこいしょとオマエを抱き上げた。
教会のドアを開ける。我ながらようやるわ・・・。


いきなり浴びるライスシャワー。
「おめでとう!!」
待ち構えていた人たちは、そう言いながらもワシらのその様子に度肝を抜かれたようや。
友達が「たいしたヤツだな」と笑いながらつぶやいた。
奥さんはその様子をカメラに納めている。
自分らの両親の前に来たら、さすがに気恥ずかしくなって、抱き上げていたオマエを下ろした。

ライスシャワーの合間を縫って、ちらりと年配の女の人の顔が見える。
ワシはオマエをその女の人のところに連れて行った。

オマエの目の前に立つ人は・・・まぎれもなく産みの母であろう、その人やった。
なんや、やっぱりオマエはお母さんにそっくりなんやなぁ?

「・・・おかあさん・・・?お母さんなの?!」
「・・・・・ごめんね・・・・・・」
「お母さんっ!!」
血のみでつながったその抱き合う親子を、みんな瞳をにじませて見とった。
いちばんつらい想いをしただろう母親、理由あって離れ離れになった親子。
新たにめぐり逢った親子。力強く育ててくれたおかん。支えてくれた友達。
いろんな人の想いがここに集まって、ワシらを祝福してくれとる。

よかったなぁ・・・。思いきって連絡してよかった。
肩を引き寄せると、涙を流したままオマエがにっこりと振り返る。

「次は誰の番かな?」
そう言って、オマエは花束を空高く放り投げる。

スノー・ホワイト・ブーケが青い空に弧を描いた。