「絆」 〜Summer 2003〜


一瞬眩しい光に包まれたかと思うと、あたしのからだは宙に浮かんだ。
瞼の裏に色とりどりの景色が流れ、気がつくとあたしは、ある町の交差点に立っていた。
なんてことない町のなんてことない駅前。
ようやく顔をのぞかせた太陽をさえぎるように、日傘をさしたおばちゃん。
信号待ちのサラリーマン。
プールバッグを抱えた男の子。

あたしは来たんだ、2003年、夏。
どうせ送ってくれるなら目的地に直接送ってよ、なんとかドアみたいに。

ちょっと文句をつぶやきながら、あたしは教えられたメモを片手に、駅前の道を歩いて行く。
途中で真っ黒に日焼けした子供たちとすれ違う。
この年の夏は冷夏で、日照時間も少ないらしいのに、いったいどこでこんがり焼いて
いるんだろう?

スーパーを横切り、小さな公園の小道を抜けると・・・見えてきた。
木々に囲まれるように建つ、白い壁の2階建てのアパート。
アパートの前に広がる芝生には、ビニールプールで遊ぶ小さな女の子と、その子の
パパとママらしき二人が、楽しそうに声を上げていた。

あ・・・・・・・。
あたしは思わず後ずさりして、電信柱の陰に隠れた。

「美羽ー、えらいお気に入りやなー、このプール。よかったなぁ、おかあちゃんに
 買うてきてもろて」
「ちょっとー、おかあちゃんって呼ぶのやめてよーーー?!」
「ええやん、おかあちゃんはおかあちゃんやもんなぁ?なー、美羽」
「じゃ、あなたもおとうちゃんって呼ぶね」
「え、ワシはパパやんか!」
「自分だけズルイわよ。おとうちゃん!」
「やめてんかー、おとうちゃんは・・・。美羽にはパパって呼ばれたいわ」

夫婦漫才のようなやり取りの二人の間で、プールの中の女の子は、キョロキョロと二人を見比べている。
そして何か思いついたように、バシャバシャとプールの水を”パパ”と”ママ”に
かけ始めた。
飛び散る水が、太陽の光に当たってきらきら光る。

「おっ、やったな?美羽!ほーーれ、シャワーやで〜〜〜?」
おもちゃのじょうろで女の子に水をかける”パパ”。
キャッキャッと甲高い声を上げて、女の子が笑う。

「さ、そろそろプールはおしまいね、美羽」
”ママ”が言うと、
「やっ!あだっあだっ!!」
足をばたばたさせて出たがらない女の子を、ひょいっと”パパ”がプールから引き上げ、バスタオルに
くるんで抱きかかえた。

プールに残った水を芝生に撒いていた”ママ”が、ふとあたしの方を見た。
あたしはよりいっそうからだを小さくして、電信柱に隠れた。

「・・・気のせいかしら・・・?」
”ママ”はプールを手に、2階への階段を上がっていった。

2003年のあたしは、こんなにかわいがられていたんだね。
パパとママ、ありがとう。
サーヤにお願いして、ここに来てよかった。
素敵な夏の思い出ができたよ。
本当はパパとママにちゃんと会いたかったけど、サーヤに止められてたし、パパとママを混乱させる
だけだしね。

パパ、ママ、帰ります。

あたしは2003年の夏を後にする。

また13年後に会いましょう。