「絆」 〜たまにはかまってーなぁーっ!?〜


最近の夏菜は、空模様のようにくるくると機嫌が変わる。
鬱陶しい天気で、洗濯もんがなかなか乾かないー!なんてぶつくさ言うとるかと思えば、
テレビに奴が映っただけで、たちまち上機嫌。
奴は”奴”や!桜坂悠(さくらざかゆう)とかいうミュージシャン。
しかもいつのまにか奥の部屋に、デカデカとポスターまで貼りよった!

「きゃあぁ、悠ちゃんかっこいい〜☆」
なんやねん?悠ちゃんて?!ちゃん付けされるトシかいな?!

「今度ね、また新曲のキャンペーンがあるらしいの」
「なんや、キャンペーンって?」
「CD買うと握手してもらえるんだよ!」
「それで売上げ上げようっちゅー魂胆やな?!」
「ファンサービスって言ってよ?」
「ったくそんな魂胆に乗っかって・・・」
「ねぇねぇ、行ってもいいでしょうー?ね?ね?!」
「美羽はどうするんや?!」
「そりゃー、あなたに見ててもらうにきまってるじゃない」
「きまってるじゃないって、そんなん勝手に決めるな!」
「なんで〜?行ってもいいでしょうーーっ?なんで行っちゃいけないのよーーーっ?!」

夏菜がにらんだ。
なんやとこらァ!!ワシは思いっきり不機嫌になった。

「よーし!ワシも美羽つれて、一緒に行ったるがなーっ!!」
「ええーーーーーっ?!やだー、それじゃ楽しめないよー」
「なんでワシがおったら楽しくないねん?!失礼やなー、オマエッ!」
「だってー・・・せっかくの悠ちゃんとのひとときを・・・」
「行く言うたら行くんや!」
「え゛ーーー・・・・・・・」


夏菜はワシの押しに負けよった。ハハハッ!!


とある日曜日、たかが桜坂のために、わざわざ休暇までもらったってのは、
なんやシャクやけどな。

会場に着くと・・・なんやぁ、この列の長さはァーーーーーーーーッ!?

「これじゃ、たどり着くまでに2時間はかかるで?それでものの数秒かいな?」
「だからあなたは来なくてよかったのに・・・」
「何言うてんねん?オマエのためにわざわざ休み取ったんやで?!ワシの身にもなれや!」
「だから・・・たいへんだから帰った方が・・・・・」
「いいや!せっかく来たからには、一目だけでも見る!!」
(なんだかんだ言って、結局会いたいんじゃない・・・)
「なんやねん?なんか言うたか?」
「ううん、別に・・・」

陰でぷぷっと夏菜が笑っとったのを、ワシは見逃さんかったけど、もうそんなん別に
どーでもええわ。

「うううん・・・」
ベビーカーで寝とった美羽が目を覚ました。ヤバイ・・・。ここで泣かれたら困る。
「・・・・・」
「美羽、おっきしましたかぁ?」
「パーパ・・・パーパ!」
「ん?」
「だっこー!」
「はいはい・・・」

もうすぐ1歳半、近ごろ美羽はずっしり重うなって、長時間の抱っこは正直こたえる・・・。
ただ、美羽はただをこねたりもせんで、おとなしく抱っこされとってくれたんは幸いやった。

ようやくのこと列の先頭にたどり着いたのは、並び始めて1時間半ほど経ったころ。
あと一人・・・。
夏菜の顔を見ると、緊張のあまりこわばっとる。
たかが桜坂ごときで・・・フフ。

来た!夏菜の番や。

「どうもありがとう・・・」
静かな口調で奴が言うと、夏菜は、今まで見たこともないような満面の笑みで
「いつも応援してますぅ〜!頑張ってくださいね〜☆」
と、ほざきながら握手しとるやないかぁっ!
なんやねん?!その笑みはァァァァーーーーーっ?!

あ、ワシの番や。
ワシは美羽を抱っこしたまま、奴と向き合った。
「ありがとうございます」
奴が手を出すと、すかさず美羽が「おにーたん!」と手を出しよった!
ふふっと奴は爽やかに笑って、
「どうもありがとう」
と、ふんわりと美羽の手を包んだ。
「かわいいですね」
今度はワシに穏やかな笑みを向けた。
「そ、そうですか?ありがとうございます」
ワシは思わず照れ笑いを返してしもうた。

「ご家族でどうもありがとうございました」
「いえ、あの、が、頑張ってください!」

つかの間、奴とワシの間に爽やかな時間が流れた。


先を歩いていた夏菜が振り返って、くすっと笑った。
「素敵だったでしょー?」
「まぁな、ええ奴やっちゅーことは確かやな」
「頑張ってくださいなんて言ってたじゃん?」
「そりゃー、社交辞令や!社交辞令!」
「負け惜しみ言っちゃってー!」
「おにーたん!おにーたん!」

思わず夏菜と顔を見合わせた。
美羽もファンになったんやろか?!

これでこのまま美羽が大きうなって、夏菜と二人で奴のライブにでも行きよったら・・・
ワシ、ひとりぼっちや。
ひとりぼっちのなんやらっちゅー歌があったけど、あれ?誰の歌やったっけ?

そうか、ひとりぼっちか・・・。
夏菜、美羽、たまにはかまってーなぁーっ!?