「絆」 〜時を超えて・・・〜



          * * プロローグ * *



腹のデカくなったオマエを、半ば引っ張るようにして歩く。
最近じゃ重うなって歩くのもしんどくなったのか、ワシに手を引かれて歩くのを習慣としとるオマエ。
こら、自分で歩けーっ!!妊婦かてちっとは運動せぇへんと、出産の時たいへんやって聞くで?
毎日口をすっぱくして言っとるんやけど、オマエは「はーい」と適当に返すばっかりや。
まったくもう、ホンマに!!

そんなオマエが、興味をそそられてスタスタと歩いてゆく。
「なんや、そないな時は自分で歩くんやないか?!」
「ねぇ、ちょっと見てもらわない?」

オマエの指さした先には「前世占い」の看板。
見るからに胡散臭そうでたいそうないでたちの女の人が、水晶玉を相手に手を動かしている。
人気があるのか、女のコたちが今か今かと待ちわびとる様子。
見てもらっとる女のコは、やたら神妙な顔つきや。

「ワシも並ぶんか?!」
「いいじゃない?一緒に見てもらおうよ?」
オマエはいつになくはしゃいどる。しかたない、ワガママな妊婦の頼みも聞く従順な夫としては
当然やろ。

ワシらの番が来た。
「よろしくお願いします」
オマエは椅子に座り挨拶する。ワシはオマエの後ろに立つ。
「今日はどなたを占いましょう?」
「あの・・・二人の前世を・・お願いします」

オマエが二人の生年月日を告げる。すると、フムッと一瞬唸り、占い師は呪文のような言葉を唱え始めた。
と思いきや、カッと目を見開いて突然こんなことを言い出した。
「・・・お二人は前世で逢われてますね。しかも近い間柄で・・・」
「えっ?!」
驚きの声を上げたのはワシの方やった。
「逢うとるんですか?ワシら?」
「ええ・・・愛し合っていました・・・」

オマエがふっと照れ臭いような、それでいて幸せそうな表情をした。
ワシはなぜかその話に心を奪われた。
「お二人は・・・・・・」
占い師はワシらの前世を語り出した。



          * * * * * * *



「はい、今日はここまで・・・」
チャイムと共に、教師は教科書を閉じた。
今年、国語の教師になったばかりの若い教師の横を、女生徒たちは賑やかに通り過ぎてゆく。

「あなたたち、廊下は静かにお歩きなさいっ、はしたないですよ!」
年配の女の先生がたしなめている。
ここは白鷺高等女学校。明治後期に創設され、ようやく15周年を迎えたばかりの女学校である。
女生徒はみな、袴姿にお下げ髪か後ろでまとめるか、髪型まで詳細に決められている。

「山丘先生、質問があるのですが・・・」
廊下で、新米教師は生徒に呼び止められた。さきほど授業をしていたクラスの秋月華南である。
他の生徒と違っていつも一人でおり、髪型も他の生徒が長髪なのに対し、ようやく肩に届いた髪を
申し訳なさそうにちょこんと結んでいる。どことは言えないが、なんとはなしに目を引く存在の生徒だ。

「質問とは何だね?」
「・・・言葉って不思議ですよね?」
いきなり突拍子もないことを言い出す。
「文学でも、その人ひとりひとりによって解釈が違ってよいと思われませんか?先生」
「・・・それはその、何だね?今日返した先日の試験の採点が不満だと?」
「おわかりになりました?」
少し皮肉めいた笑いをする華南。自分の点数を上げるための苦肉の策なのであろうか?

「確かに解釈の仕方は人それぞれなはずだが、文章に込められている作者の意図というものを
 読み取らなくてはいけないのだよ。僕ら教師はそれを指し示すために教壇に立ち、理解を求める意味も
 込めて試験を行い、採点をする。君の解釈はちょっとばかり飛躍しすぎているようだ」
「ご丁寧な説明をありがとうございます。要するに点は上がらないのですね?ありがとうございました!」
「ちょっと待ちたまえ」
立ち去ろうとする華南を山丘が制止する。
「君は何故それほどに点数にこだわるのだね?」
「成績が良ければ誰にとやかく文句も言われませんし、立派な会社で働けるというものでしょう?
 そうして何てことはない人生を送って死ぬのです」

17歳にして将来への希望も憧れも抱いていない様子の華南に、山丘は侘しさを覚えた。
「君はそれでいいのか?!」
「思わず声を荒げる。
「女は男に仕えて生きていくのです。口答えもせず、従順にしていればよいと教育されて成長した女は、
 所詮召し使いのような生き物。そんな風に生きたところで、愛を注いだところで、死ぬ時は死ぬ。
 後先考えずに命を絶つ者さえいるのです。人生に絶望しか持てないのは当然でしょう?
「どうして光を見ようとしない?これからは女性も一人でしっかり歩むようになる。そんな時代が来るのだ。
 現にしっかり自分の足で立って、歩いている女性はたくさんいる」

説教をされている気持ちになった華南は、露骨に嫌という表情を見せた。
「どうせ先生はきれいごとしかおっしゃらないのでしょうね・・・失礼します!!」
華南は駆け出す。
「秋月君!!」
山丘が呼び止めるが、華南は一度も振り返らず去って行った。

(どうしてあんなことまで言ってしまったのだろう?)
頭の中で何回も噛み砕いて考えようとするが、華南は自分がわからなかった。
(あんな人、今まで私の周りにいなかった・・・)
ただそのことだけが、頭脳の理解する中枢に響き渡っていた。



          * * * * * * *



華南の家は多摩川から歩いて10分ほどの所にある。
家の中でも行き場のない華南は、よくこの河原で日暮れまでぼんやりしていることが多かった。
夏場は夕涼みに丁度良いが、冬も近づいて来ると川風はその素肌に冷たく、さほど快いものではない。
しかしそれでもなお、居心地の悪さを家で感じているよりは、ここで時を過ごしている方が気楽だったのだ。

その日も華南は、定位置とも言うべき芝生の一等地にどっかりと腰を下ろした。どこからかバイオリンの
音色が聴こえて来る。誰かが河原で練習しているらしい。流れるような調べと言いたい所だが、正しい旋律を
敢えて辿ることをしないかのように、その音色は揺らぎ、聴く者を少なからず不快にさせていた。
家の者はさぞ迷惑なのであろう。だからこうして河原まで来ているに違いない。

「ずいぶんと下手くそなバイオリン弾きですこと!」
華南は悪態をついてみせた。一度口に出してしまうと思いのほか気持ちがよく、次はもっと大きな声で
酷い言葉を発していた。
「ヘッタクソ〜ッ!!」
バイオリンの歪んだ音がぴたっと止まる。
と同時に、草を踏みしめ近寄ってくる靴の音。

「君、失敬じゃないか?!」
自分の下手さ加減を棚に上げて、いい気なものである。
こんな奴の顔が見てみたいと、ふと華南が振り返ると、そこには見知った男の顔があった。

「先生!」
「秋月か?!ここで何をしているのだ?」
「別に何も・・・」
「練習をしている者に対して、あの暴言は何だね?!」
「先生のバイオリンも暴挙としか言いようがないように思われますけど?」

なんという言い草であろう?若造とはいえ、山丘は華南より5つ年上だ。酷い言い方になるが、どうして
こんな小娘にここまで言われねばならぬのか?いや、ここで取り乱しては逆効果である。この年頃の
娘特有の反抗的な態度と心得て、山丘は静かに切り出した。

「いつもここに来ているのか?」
「ええ、そうです。先生こそその迷惑な音・・・いえ、バイオリンを弾いていたんですか?」
「来れる時には、な。それより家の人が心配なさる時間だろう?そろそろ帰りなさい」
「いいんです。私は諦められてますから」
「自分の子供を心配しない親はいないぞ?」
「いえ、私はあの家の子供じゃないんです。叔父・叔母は本当の娘の方を大切にしていますので」

さらっと口から語られた家庭事情は重かった。山丘は、斜に構えた華南の態度が少しずつわかるような
気がしてきたのだった。
「両親は事故で亡くなったと聞かされてますけど、そんなのは嘘だと知っています。
 頼みもしないのに、近所の親切なおばさまが事の次第をご丁寧に教えて下さいました。
 母は妻子ある人に走り、私を産んだのです」
華南は顔色一つ変えず話し続ける。

「けれど母は、その罪悪感に耐え切れる人ではなかった。相手の人を道連れにこの世を捨てたのです。
 そう、この世と共に私まで・・・」

山丘は、淡々とした華南の告白に胸が痛み、いたたまれなくなった。
「そうか・・・たいへんな道を歩いて来たのだな・・・。よく知りもしないで思い出させるようなことを
言ってしまってすまなかった」
華南の頑なまでに閉ざした心に、少しだけ隙間が空いた。
「心は閉じ込めておいてはいけない。風通しをよくしておかないと病の元にもなる。
 先生でかまわぬのならいつでも聞くぞ?」
「・・・・・」
華南は答えなかった。

「その代わりと言ったら何だが、僕もひとつ話を聞いてもらおう」
山丘は華南の横に腰を下ろし、ゆっくりと話し始める。
「僕もね、幼い頃に父と死別したんだ。おぼろげにしか思い出せないけれど、父は優しい人だったと思う。
 死因が何だったのかは母が言いたがらないようだから、僕も聞かずに来たが、夫婦の間には子供には分からぬ
 複雑な想いがあったのではないかと、この年になるとわかる気がする」
華南は黙って話を聞いている。
「母は僕を女手一つで育ててくれた。肩身の狭い想いをさせないよう、教師になりたかった僕を
 大学まで出させてくれて・・・親って有難いと思う」
山丘の正義感の強い所はこんな風にして培われたのであろう。

「辛いことがあったら、ここに来て叫べばいい。思ったことを吐き出しなさい!」
山丘は華南の背中をポンと叩く。
「・・・・・」
「どうしたのだ?それでは先生の方が先に言うぞ?校長のカタブツーッ!!
 もっと生徒に自由を与えろーっ!!」
「先生・・・」
「泣いてもいい、全部吐き出しなさい!」
「・・・愛情なんて信じない・・・世の中こんなものよ!!」
悪態をつき始める華南。
「何でもいい、言いなさい」
「・・・私は、自分から死ぬなんて、そんな割に合わない馬鹿げたことしない!!
 世の中をうまく渡ってやる!!」
そう言いながら目が潤んでいる。
「まだまだ言い足りないだろう?」

力を込めて華南は叫んだ。
「・・・私を捨てやがって、ばかやろーっ!!何故一緒に連れて行ってくれなかったんだーっ!!」
大粒の涙をボロボロとこぼしながら・・・。
山丘は、震える華南の肩をそっと叩いていた。



          * * * * * * *



あの一件以来、華南は毎日河原に来ていた。
自分自身の叫びをぶつけにここまでやって来ては、吐き出して帰ってゆく。
そして・・・隣りにはいつも山丘がいた。

いつしか華南の心には、ある気持ちが芽生えていた。
山丘は、健気に生き始めた華南を放っておくことができなかった。
ただ、それは教師が生徒に対してというよりももっと、深く、熱いものだった。

「母がね、『ぜひ会いたい』と言っているのだが、家に遊びに来ないか?」
「・・・え・・行ってもいいのですか?」
「ああ、今度の日曜日にでも?」
「はい!」
少女らしく笑うようになった華南に、山丘は安堵の表情を見せる。
それが悲劇の幕開けとも知らずに・・・。


日曜日、華南は山丘に連れられて家に向かっていた。
「お母様ってどんな方ですか?」
「どんな方って・・・強い人だと思うが」
「そういう意味ではなくて、どんな雰囲気の方かと聞いてるんです!」
「あぁ?何を怒っているんだ?」
時々とぼけたことを言う山丘に、華南は呆気にとられながらも微笑ましく見つめている。
山丘は、そんな華南のまっすぐな視線を、少しばかり気恥ずかしく受け止めていた。

「母さん、ただいまー!」
元気よく家の引き戸を開ける。
「華南さんいらっしゃい、よく来てくださいましたね」
出迎えてくれた女の人は、気の優しそうな穏やかな顔をしていた。
その表情はどことなく山丘に似ている気がする。
「おじゃまいたします・・・」
「何もおかまいできませんけど、ゆっくりなさってね」

華南は初めて母親の大きな愛というものに触れていた。
「先生のおっしゃりたいことが何だかわかったような気がします」
「僕の言いたいこと?」
「ええ・・・」
それだけ答えて、華南は柔らかな視線を山丘の母に送る。

「大学芋なんて野暮ったいものしかお出しできなくてごめんなさいね。華南さんお好きかしら?」
「はい、いただきます!」
ちょこんと座っている華南がハキハキと答えた。
自分の母と嬉しそうに話す華南を見て、隣りに座る山丘自身もまた喜びがこみ上げてきた。
(彼女を連れてきて本当によかった・・・)

「華南さん、どこかでお会いしてお話ししたことないかしら?」
母親が突然尋ねる。
「いえ、ないと思いますけど・・・」
「母さんがどこかで偶然見かけただけじゃないのか?」
「お会いしていたとしたら、私『秋月』といういそうでいない苗字ですし、お忘れにならないのでは
 ないかと・・・」
「そう・・ね・・思い違いね、きっと」
「でも、本当の苗字も変わっていて『東』に『田』と書いて『東田(はるた)』って読むんですけれどね」

「東田?!」
一瞬にして母親の顔が苦痛に歪む。
「はい、東田ですが・・・?」
「失礼ですけれど、お亡くなりになったお母様のお名前は?」
「母さん、何だよ?!その話はやめろと・・・」
「貴美恵です。東田貴美恵・・・」
母親は驚きの表情の中に切なさを漂わせている。

「あの・・・もしかして母をご存知なのですか?」
恐る恐る華南が問いかける。
「え、ええ・・・」
それきり何も返さない。

(きっと母のことだ、この方にも何か嫌な思いをさせたに違いない)
華南はそう判断し、そのまま口をつぐんだ。
あんなに和やかだった空間を、自分の存在が乱してしまったのだろうか?
華南は自責の念に苛まれた。

「母さん、せっかく遊びに来てくれた秋月が黙り込んでしまったじゃないか?少しは話題を考えて
 ものを言ってくれ」
「ご、ごめんなさいね、何でもないのよ」
否定すればするほど、何かあると言わんばかりである。

(母は世間にどれほどのことをしてきたのだろうか?私にもその血が流れているのだ・・・)
酷いことには慣れっこになってしまった。けれど自分が罪を犯すかもしれぬ可能性に、華南は恐怖していた。

「あの・・・私帰ります・・・」
思わず席を立つ。
「あ、秋月?!」
山丘も驚いて立ち上がる。
「来たばかりなのに・・・」
「華南さん、そんなつもりじゃなかったのよ?そんなつもりじゃ・・・」
母親はまたも言葉に詰まっている。
何かある、きっと・・・。華南も山丘もそのことだけは悟り始めていた。

「待ちたまえ!送っていくから」
「いえ、大丈夫です。おばさま、今日はどうもありがとうございました」
「ごめんなさいね、何だか嫌な思いをさせてしまったようで・・・本当にごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ・・・母のご無礼お許し下さい・・・。それでは失礼いたします」
まるで全てを知っているかのような華南の口ぶりに、母親は驚愕した。

山丘は華南を追って出て行く。
「秋月!」
「先生、大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「送りたいのだ!送らせてくれ!」
「先生・・・」

山丘が華南の手を取った。華南は切なそうに山丘を見上げた。

「私、先生が好きです・・・」
「僕もだよ・・秋月。君が好きだ・・・」

離れていた半分ずつの心が、一つに合わさったかのような幸せな瞬間。
巡り逢うべくして巡り逢ったような不思議な感覚を覚える二人。
しかし、その想いは別の所からも来るのだということを、この時二人はまだ知らずにいた。



          * * * * * * *



「君、一体どういうつもりかね?!」
校長が山丘に詰め寄っている。ある生徒の親が、先日の二人を目撃したらしい。
「ただならぬ仲になるとは言語道断!『安心して娘を通わせられない』と嘆かれるのももっともだ!
 このままではこちらとしても示しがつかん!責任を取ってくれたまえ!!」
「秋月と僕の間にはやましいことなど何もありません!!」
毅然とした態度で答える山丘。
「世間に通用すると思うかね?」
世間では通らない道理・・・それが何だと言うのだろう?理不尽で不条理な世の中に、華南でなくとも
嫌気がさす。
「とにかく、追って連絡をするのでしばらく謹慎するように!!」

家に帰った山丘は、母親に何と言おうかと考えていた。
「あら、今日は帰りが早いのね?晩の仕度まだなのよ、急いで用意するわね」
「母さん・・・」
言い出そうとすることとは別のことを、山丘は口にしていた。
「彼女の・・・秋月のお母さんと何があったんだ?」
ふいに黙り込む母親。
「一体何があったんだよ?!」
山丘は問いつめる。

「・・・あの子はね・・・・貴美恵さん・・父さんを奪った人の忘れ形見なのよ・・・」
母親はそれ以上何も言わなかった。
「父さんを奪った・・・って?!」
山丘は理解に苦しんでいた。
「奪ったって・・・それじゃ彼女はっ・・・?!」
「おまえとあの子は・・・異母兄妹なのよ・・」

華南の無邪気に笑う顔が頭に浮かんでは消えた。
「華南っ!!」
山丘は自分の沙汰などもうどうでもよかった。華南を失うことに比べれば・・・。


「退職願」を提出し、校門を出た山丘の後ろ姿を、華南は教室の窓から見ていた。

(嘘つき・・・私のこと好きだって言ったじゃない?!何も言わずに離れて行くってどういうこと?
 所詮、他の大人と同じだったんだ、先生は・・・)
別に今までの私に戻っただけ、と悪態をついてみる。

それまでの山丘との日々が思い返される。自分に正直になって、心のうちを河原で叫んだ日々。
隣りにはいつも・・・山丘がいた。

その時、ふと思い出した。以前近所のおせっかいなおばさんが言っていたことを。
「あんたのお母さんは、山丘って人と心中したんだよ」と。
山丘・・・まさか?!
(あの日、先生のお母様が私の母の名を聞いて、驚いていたのは・・・)
そういうことだったんだと、華南は今更ながら気づいた。そして涙が次から次へと溢れてきて
止まらなかった。

次の瞬間、華南は教室を飛び出した。まだ間に合う、会って伝えなくてはならない。
何も言わずに別れることなどできない。
先ほど担任の教師が来て言っていた言葉をおぼろげに思い出す。

「山丘先生は、ご家庭のご事情で大阪に行かれます。残念ですが、先生の今後のご活躍を
 お祈りいたしましょう」

華南は駅までの道のりを無我夢中で走った。
駅に着いた頃には、華南の足はふらつき、もう一歩も歩けないほどの状態だった。
それでも華南は探す。山丘の姿を。

「大阪行きの列車はどちらですか?!」
髪を振り乱した女学生を、駅員が怪訝な顔をして見つめる。
「あのいちばん向こう、1番線ですよ」
「ありがとうございます!!」

1番線のプラットホームを華南は走る。
「先生ーっ!!先生ーっ!!」
人ごみにかき消され、華南の声は届かない。渾身の力を振り絞って華南は叫んだ。

「おにいちゃーんっ!!」

華南の声が天に届いたのだろうか?ホームのいちばん後ろにいた山丘が、誰かに呼ばれたような気がして
振り返った。ふらふらになりながら走り寄って来る華南の姿が見える。

「華南っ!!」
「お兄ちゃん!!」
何もかも知っているんだね・・・という顔で山丘は華南を切なく見つめた。

「嘘つき!!人には正直になれって言ったくせに!!どうして何も言わずに行ってしまうの?!
 先生だろうが、お兄ちゃんだろうが、そんなのどうでもいい、私、まだ何も伝えられてない!!」
「・・・華南、ごめん・・・僕たちは兄妹とも知らずに・・・。母が言っていたよ、君は父によく
 似ていると。だからどこかで会ったことがあるような気がしたのだと」

発車のベルが鳴る。
「華南、元気で・・・。逢えて幸せだったよ」
「あなたに逢えてよかった・・・あなたのおかげで、何の希望も持てなかった自分に光が見えたの。
 本当は救ってもらいたかった。救ってくれる誰かに逢いたくてたまらなかったの!逢えてよかった!
 ありがとう・・・お兄ちゃん・・・」
「華南!!」
ドアが閉まる。山丘は窓を開ける。
「いつかまた会えるよね?」
「ああ、会えるよ」
「大好きです・・・!!」
「僕も・・・愛しているよっ!!」

列車は号泣する華南を一人残し、ホームを離れて行った。

また会えるよね・・・。



          * * エピローグ * *



「二人は想いを残したまま、お互いに若くして他界し、結局二度と会うことはできませんでした。
 その想いを受け継いで、お二人は現世で出逢われたのです」
占い師は静かに話を終えた。

この気負いのないおだやかな気持ちはなんでやろ?・・・いつもそう思っとった。
これで納得がいく。そう思うのにはわけがあったんやな。
もしかしたらワシとオマエは、前世で決して結ばれない運命の兄妹やったから・・・。

オマエがふとつぶやく。
「だから、好きになるべくしてなったような気がするって思ったんだよね、私、きっと」 
「オマエといると穏やかな気持ちになれたんは、そのせいやったんかな・・・」
ワシも遠い空を見つめた。

ワシらは長い年月をかけて出逢うたんかもしれへん。時を超えて・・・な。
前世のワシらが望んで果たせなかったことを、今叶えてゆく。

いつの間にか辺りは暗くなり、空には満天の星。
流れ星に願わんでも、きっとワシらは幸せになれる。

二つの星がひときわ大きくきらりと光っとった。