「絆」 〜やさしさのカルテ〜



風邪を引かず頑張ってた美羽が、雪がちらつく日に
「のどイタイ・・・」と言い出した。
この時点で、お医者さんに連れて行くべきだった。

夜になってあれよあれよという間に、熱が出始めた。
どうしよう?救急で病院?パパはまだ帰ってこないし、
どうにか私ひとりで連れていかなきゃ。

あ。と、ふと思い出した。確か休日もやってるっていうお医者さんが
東町にできたって聞いた。
そっちの方が近いし、ダメもとで電話かけてみようか・・・。

「はい、東町医院です」
先生らしき人が電話に出た。
「あの・・・娘の熱が上がってしまって・・・」
「いつ頃からですか?」
「夕方くらいからです。あの・・・診察していただけますか?」
「往診いたしますので、ご安心ください」
「往診してくださるんですか?」
「はい」
「ありがとうございます!」

先生に名前と住所と電話番号も伝えると、しばらくしてチャイムが鳴った。
もう来てくださったの?早っ!!
インターフォンにも出ずに、玄関のドアを開ける。

「ちわー、ヤツタマ酒店ですー。ビールのお届けに来ましたー。はい、淡麗!」
「あら、ガンちゃんかぁ・・・」
「ガンちゃんかぁ・・・は、ないでしょ?せっかく張り切ってお届けに来たのに〜?」
「ごめん、ごめん。(^_^;)美羽が熱出しちゃったもんだから、今、先生待ちなの」
「おや、熱出ちゃったんすか?オレなんか風邪引かないから、アイちゃんに、
 『200パー、バカなのかも〜?』とか、言われちゃってますよ。(^^ゞ
 あ、ポカリ1本からでも配達しますんで、言ってくださいね」
「ありがと、ガンちゃん」
「毎度ありぃ!またよろしくお願いしまーす!美羽ちゃん、お大事にー!!」
「ありがとう」

待つこと5分。チャイムが鳴り、今度こそと、私はそのままドアを開けた。

「東町医院の栗原です」
「先生、わざわざありがとうございます」
「失礼します・・・お子さんは?」
「すみません、二階なんですけど」

静かに階段を上がっていく先生。私もなるべく音を立てずに二階へ上がる。

美羽の部屋のドアを開けると、ベッドで苦しそうに美羽が息をしている。

「熱上がっちゃったね。でももう大丈夫だよ。先生来たからね」
手を握って、やさしく美羽に話しかける先生。
「せんせ・・い?」
「はい、くりはらいちと、って言います」
「いちとせんせい・・・」
「はい。じゃ、一応インフルエンザの検査するね。すぐ終わるから」

特徴のある髪に丸っこい背中。どこか田舎のお義母さんと、パパの背中に
似ている気がして、思わずふっと笑みがこぼれそうになる。

「結果が出るまでちょっと待っててね」

先生は、ドクターズバッグから聴診器や小さな懐中電灯、舌を押さえる木のヘラみたいなものを出した。

「ちょっと診てみるからね」と、目を閉じて胸と背中の音に耳を傾け、耳の下を触り、
喉の奥を照らし、おなかを「ここ、痛い?」と言いながら押している。

「結果出ました、インフルエンザじゃないです」と、先生は私に向かって言った後、
「大丈夫だよ」と、美羽の手を握ったり、髪をなでてくれたり、とてもやさしい。

「発熱はしばらく続くかもしれません。ご存知だと思いますが、イオン飲料などで
 十分水分を摂らせてあげてくださいね。咳が出始めるかもしれませんが、抗生物質と
 胃腸のお薬、痰を出しやすくするお薬と、鼻のお薬、あと解熱剤もお出ししておきますから。
 また症状が変わったり具合が悪くなりましたら、すぐにいらしてください」
丁寧に私に告げて、魔法のカバンのようなバッグから、お薬を取り出した。

「おとなしく寝ててね?」と、やっぱりやさしく美羽に声をかけた。

「いちとせんせい・・・」
「なに?」
「せんせい、いなかのおばあちゃんみたい・・・」
「そう?」
「かみのけ、くるくるのとこが・・・」
「そっか」
先生はちょっとだけ笑って、「お大事に」と挨拶して部屋を出た。
「ありがとうございました」と、私は頭を下げた。

「あ、往診のお会計は、後日いらしてくださった時でかまいませんから」
靴をはきながら先生は言った。
「いろいろとありがとうございました」
私は深々と頭を下げた。

すると、入れ替わるようにパパが帰ってきた。
先生は、パパにも私にも、静かに「お大事になさってください」と挨拶して、
帰っていった。

「今の、先生?」
「うん、東町医院の先生。美羽が熱出して」
「熱?インフルエンザか?!」
「うぅん。おとなしく寝てれば大丈夫だって」
「そうかぁ・・・往診もしてくれはるんや?先生」
「そうなの。親切だよね」
「・・・オマエ、なんや遠い目してるやん?!」
「へ?なにが?」
「ワシの目ぇはごまかせへんで?!オマエなぁっ?!」
「何言うてんねん?早うごはんにしよ!」
「ちょい待てやぁ?!」

私はあわてて玄関に引っ込んだ。パパは私の後頭部をどついた。
玄関に入ったパパの猫背な背中に、私はぴとっとくっついた。

「なんやねん??夏菜・・・(^_^;)」
私はなにも答えずに、ずっとそのままでいた。

この猫背、一生愛していくからね・・・。(*^_^*)








勝手にすぺしゃるさんくす : 茂さん、一止先生。


参考文献 : 「神様のカルテ」 公式メモリアルフォトブック