「絆」 〜浴衣と金魚と線香花火〜


新居での初めての夏。

「今年は暑くてかなわんわー」
彼がうちわをあおぎながら言う。
彼も私も、あんまりエアコンをガンガンに効かせるのが好きではない。
というか、二人ともこの家みたいな古い家に育ったせいか、自然の風で過ごすことが
多かったせいだ。

「でも、あなたの実家は、夏はもっと暑いんでしょ?」
私がたずねると、
「せやなー。ここんとこしばらく帰ってへんけど・・・扇風機と古いエアコン一台だけやし、
 めっちゃ暑いんやわー。しかも盆地やしな」

彼のふるさとは奈良だ。
私もお義母さんには、すっかりごぶさたしてしまっている。

「来年くらいには帰るかー。美羽が産まれた時以来やし」
「そうだね」
「だねぇ」
美羽が語尾を合わせて言ったので、おかしくて笑ってしまった。


「今夜は縁日やろ?」
相変わらずうちわをパタパタさせながら、彼が言った。
「うん。縁日なんて久しぶりだなぁ」
私も懐かしく昔を思い出す。

「美羽の浴衣、買うたん?」
「買ったよ、金魚の柄でかわいいの☆」
「金魚かぁ・・・金魚いうたら、田舎にもおったなー」
彼も懐かしそうな目をした。

「今夜は金魚すくい、やらへん?」
「いいよー」
「いいよー?」
またまた美羽が真似して言った。
「そっかー、美羽もやるかぁ?パパと一緒にやろうなぁー、美羽?」
「美羽はママと一緒にやるんだよねー?」
美羽が二人の顔を交互に見つめて、ちょっと困ったような顔をする。
でもすぐに
「みう、ひとりでやるのぉ!みう、できるもん!」
とお姉さんぶって言った。

このごろおしゃまになってきた美羽。
洋服だって、自分なりのこだわりがある。
今朝も、ピンクのタンクトップとおそろいのパンツを着せようとしたら、
ブルーのストライプのワンピースがいいと、だだをこねた。
すっかり女の子なのね、いっちょまえに。

浴衣だって、金魚の柄がいいと美羽が言ったから。
そのお気に入りのピンクの浴衣を着せて、黄色い帯もかわいく結んだ。
髪の毛もピンクのリボンをつけてあげようね、はい!

パパはいまだに、ひとりで浴衣が上手に着れないのねー。
前を合わせて、帯をきゅっと結ぶ。
そのたび、彼はちょっと照れくさそうな顔をする。
ホント、もうひとり子供がいるみたい。

私も紫に朝顔の浴衣に、山吹色の帯をきゅっと締め、髪もまとめ上げた。
浴衣って見ている方は涼しげだけど、着ている方はけっこう暑いのよね。


3人でそろって下駄をからころ鳴らしながら、縁日に出かけた。

お面、わたあめ、焼きそば、お好み焼き・・・いろいろなお店の間を通って、
私たちは金魚すくいのお店にたどりつく。

さぁ!挑戦だよ!!
美羽はポイを水にちゃぽっとつけて、金魚を追いかける。
あーあ!すぐに穴が開いちゃった・・・。

「よーし!パパが取ったるでぇ!!」
俄然張り切るパパ。頑張って!

ほい、ほいと追いかけてもう一歩のところで、残念・・・穴が開いた。

こうなったら私が頑張るしかない。
ポイを水面に対して水平に静かに動かし、すくい上げる!
と!1匹!!
もういっちょっ!!
2匹!!

「おおっ、上手いやんか?」
彼が身を乗り出した。

3匹目・・・というところで穴が開いた。
なかよく2匹、連れてかえることにした。

「あ、そういえば・・・金魚ばち、まだ家になかったね」
「せやったなー。サラダボウルに入れとくか?」
サラダボウル?!と私は笑った。

途中、水風船でもパパは張り切って、青いのを吊り上げて喜んでた。
ホント、子供みたい。


家に帰ると、彼が言い出した。
「線香花火、まだあったやろ?」
「うん、何本か残ってるけど」
「やろやろ!浴衣で縁日の後は、花火やで?」
「はなびやで?」
美羽まで乗り気だ。(笑)

ライターで先に火をつけると・・・小さい火の玉から、ちっ、ちっ、ときれいな光が
輝き出す。
線香花火・・・昔、子供の頃よくやったっけ。
やがてぽとっと玉は落ちた。

夏が終りに近づいてる。
縁側にそよぐ風と、虫の声に、小さな秋を感じる。
3人で過ごす幸せを噛みしめてる夏の夜だった。