「ぬくもり」 〜 いたみのゆくえ 〜 肌寒い秋の雨が、傘を叩くように落ちてくる。 雨は嫌い。あの人が好きだった雨なんて大嫌い。 いつしか肩先も濡れ、羽織っていたカーディガン越しの半袖の腕は、冷え始めている。 寒い。どこかで少しの間、雨をやり過ごそう。 私は、たまたま通りかかった本屋に飛び込んだ。 何とはなしに、入ってすぐのコーナーで立ち止まり、目につくタイトルの本を漁っていた。 陳腐な言葉が乱立する恋愛エッセーに嫌気がさす。 だいたい人の恋愛はその人のものであって、他の誰かに全部当てはまるもんじゃない。 正論並べて、そんなにもっともらしいこと言わないで? 私はページを閉じ、綺麗なイラストのそのエッセーを棚に戻した。 隣りには、これと言って何の変哲もない装丁の小説が、表紙を表にして立てかけられている。 「いたみのゆくえ」 手に取ったその本の開いたページに、ふと自分の名前を発見した。 気がつけば私が手にする本には、自分と同じ名前が出てくることが多い。 字こそ異なるけれど、今回も主人公の女の名が、まさしく私の名と同じだ。 別に透視しているわけではないのだけれど。 ああ、またか・・・最初はそんな気持ちだった。 主人公は、何不自由なく生きてきたが、ある時挫折し、苦しみ、泣き、結果何もかも信じられなく なってしまったという女。 そんな彼女が、失うものなんて何もないのさと笑う男と出逢い、少しずつ変わっていく。 失うものなんて何もない・・・。今の私には十分すぎるほど、ハマる言葉かもしれない。 仕事も愛情も、ただいま求職中。 安全なんて神話、いつの間にこの国から無くなってしまったんだろう? ずっと・・なんて約束、叶えられないならしない方がいい。 この作家の作品は、今までまったく読んだことがなかった。 決して歯の浮くようなウソっぽいことは言わず、かと言って辛辣な現実を書き連ねるわけでもなく、 ただ、仄かなあたたかさを残す文章を書く人だと、直感的に思った。 左沢(あてらざわ)瞬介・・か・・・。名前だけ聞くと、なんだか推理小説でも書きそうな感じね。 難を言うとしたら一つ、主人公の女が往恵(ゆきえ)、男が伊丹って・・・・・。 「いたみのゆくえ」ってタイトルそのまんまじゃない? 私は本屋で一人、くすっと笑った。 隣りにいた大学生らしき男の子が、怪訝な顔をして私を見た。 雨は弱まることなく、本屋の軒先を叩き続けている。 夕方の街を足早に行く人たちも、それぞれの”いたみ”を抱えてるはずだ。 私は、カバーだけかけてもらった「いたみのゆくえ」を小脇に抱え、空を見上げ呟いてみる。 (雪絵の傷みの行方は・・・自分で探すしかないんだよね) ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げながら、バスターミナルへと私は急いだ。 |