「ぬくもり」 〜十六夜桜(いざよいざくら)〜


 「さて、左沢先生、今回より本誌に新連載のショートストーリーの
  話に入りますが、新境地開拓といった印象を受けたのですが・・・」
 とある女性誌のインタビュアーがたずねた。

 「そうですね。初の女性誌連載ということもあって、
  たいへん緊張しました。
  僕はあまり、女性の視点からは書いたことがありませんし・・・」
 「それに、先生の文章にはああいった描写が、今までの作品では
  出てきませんでしたしね」
 「はい・・・。かなりな挑戦ですね」


 ちょっと年を重ねた女性がターゲットのこの雑誌に連載が決まり、
 書き出す時は躊躇しなかったと言ったら、嘘になるけれど・・・。
 これもまた日々勉強ってとこだろうか。


 「本日はどうもありがとうございました」
 「こちらこそありがとうございました」
 お互い挨拶を交わして、僕は席を立った。


 栞との夜桜見物の夜が、この作品の原点になったということは、
 栞と僕の胸の奥だけにしまっておくことにしよう。






      「十六夜桜(いざよいざくら)」


    あなたとこんなところまで来てしまった。
    小さな川べりのひなびた温泉宿。

    ほどよく飲んで、ほてったからだを冷ましに、
    あなたと二人で風にあたった。
    「まだ夜は肌寒いな。」
    そう言ってあなたは、私の肩をぎゅっと引き寄せる。


    川沿いは桜の並木。
    ソメイヨシノはもう終わったけど、今は八重桜の季節。
    月明かりに照らされて、こんもりと咲く桃色が
    艶やかに浮かび上がる。
    「夜桜は、八重桜の方がなんだか色気があるね」
    「色気?」
    私が、あなたらしいなとクスッと笑うと、
    「きみみたいだよ・・・」と見つめながらつぶやくあなた。
    そのまま何も言わず、私はあなたの肩に手を回し、
    唇を重ねた。


    (このまま時間が止まってくれればいい・・・)


    障子ごしに入ってくる月明かり。
    「あぁ・・・」吐息ともつかぬような声を漏らし、
    カラダが震えそうになる。
    あなたの熱い息づかいが、静まり返った部屋に響いてくる。
    何もかも忘れるように、私はあなたの背に爪を立てる。
    愛した証拠を残したかった。
    心もカラダも、あなたが切なく濡らしてゆく。
    この胸にあなたの重みを感じながら、激しく愛されて
    この世でいちばん甘い声を上げる。
    あなたの熱で、私、狂ってしまいそう・・・。


    この濃密な時間を今度はいつ味わえるのだろう?

    (今度はもうないかもしれない?)

    そう・・・あなたには帰らねばならない家がある。
    守るべきものがある。
    それを知りながら、私はあなたを愛してしまった。
    わかりきったことなのに、あなたは私を求めてしまった。


    「来年のこの桜、一緒に見たい・・・」
    「見に来よう、必ず」

    果たせない約束?それでもよかった。
    あなたが誓ってくれるのなら。
    私はあなたとなら地獄に落ちてもいい・・・。


    今夜は十六夜。
    昔、「14番目の月」って歌があったけど、私たちは今
    「16番目の月」なのかもしれない。
    もう満月を過ぎてしまった。あとは欠けていくしかない。
    だけど、新月が見えないのは、陽にあたっていないだけ。
    本当はちゃんと存在してる。
    あなたが私を消し去らないかぎり、私はどこかに存在してる。
    たとえ影になってしまっても・・・。


    傍らで横になってるあなたの髪を、静かに撫でた。
    あなたは・・・私の胸にすがりついた。


    上気した顔を鏡に映しながら、ふと思う。
    こんな夜は、十六夜桜を見ながら、俳句でも作ろうか?

    「この肌を あなたが 紅(べに)に染めてゆく」


    花びらがはらはらと風に散ってゆくように、
    私もあなたの腕の中に落ちて眠ろう・・・。