「ぬくもり」 〜スランプ作家のひとりごと〜


            まただ、悶々とした時期に入ってしまった。

            書こうと思うと書けない。人の文章も読めない。読めば読むほど自分の稚拙さが目に見えてきて
            嫌気がさしてしまう。

            書く前からこんなんでどうするつもりだろう?
            自分がモノ書きでありながらわからないのはおかしな話だが、小説家というのは、次から次へと
            ネタが溢れてくるものなのだろうか?
            それとも、同じようにこんなふうにして苦しんで恐怖におののいているのだろうか?

            誰かの「あなたならいいものが書ける」というむやみやたらな言葉が欲しい。
            歯の浮くウソでもいい、欲しくてたまらない。

            よく窮地に追い込まれたマンガ家が、担当にかけてもらう言葉がきっとこうなのだろう。
            「どーせあたしは無能な少女マンガ家よぅぅぅーーーーっ!」
            「いえっ、先生ならできるっ!!」
            「うぅぅっ・・・本当にそう思う?」
            「ええ、思います!!」

            担当は原稿が欲しい。
            マンガ家は、早く神様が右手に降りてきてほしいと願っている。
            しかし、一つの窮地をともに乗り越えるという時点で、新たな展開が生まれる。

            あなたは私のことをよくわかってくれるのね?
            ええ、あなたには才能が溢れていると信じていますとも!

            マンガ家と担当というカップルは多いんだろうなぁ。


            ああ、また目の前の原稿という現実から逃れようとしている!!

            気分転換にコーヒーでも淹れよう。


            ふと、キッチンのタイルの汚れが気になる。ささっとクロスで一拭き。
            隣接したタイルの汚れが歴然とする。
            おお、これはいけない!
            スポンジにクレンザーを含ませ、タイルを端から擦り上げ、乾いたクロスで拭き取ってゆく。
            気がつけば、タイル全面をピッカピカに仕上げていた。

            昔からよくやっている完全なる現実逃避だ・・・。


            僕は冷めかけたコーヒーのマグカップを手にして、溜息混じりにキッチンに背を向けた。


            重い空気を切り裂くように、FAX付き電話が鳴る。
            ・・・担当か?原稿の進行の確認か?!

            おそるおそる電話に近づくと・・・あ。

            「もしもし」
            「もしもし?私だけど。ごめんね、仕事中に・・・」
            「いや!全然っ!!」
            「もうごはん食べた?」
            「いや!まだっ!!」
            「じゃ、お弁当作って持ってくね?」
            「・・・・・・・」
            「あ、仕事の邪魔しないようにすぐ帰るから」
            「・・・・・栞・・・」
            「・・だいじょうぶ、すぐに調子が出てくるよ?」
            「栞ー!!」
            「じゃあ、あとでねー」


            ・・・・・にんじんを目の前にぶら下げられた馬の心境。
            あわててデスクに戻る自分が、多少情けなくもあるが。

            栞、きみはやっぱり、僕の私設担当者だね。