「オアシス」 〜あかり〜



「お久しぶり」と言って、あかりさんが訪れてくれたのは、雨音が窓をたたくような
夜だった。

「あかりさんがここ辞めてからどれくらいになりますかねぇ?」俺はたずねた。
「もう何年かしらね・・・」
「あの後彼とは・・・・・?」
「うん、懐かしい話をしただけよ、ただの昔話」

ここにたまに来るタクシードライバーのおやっさんと、あかりさんはどうやら
昔恋人同士だったらしい。
たまたま店でピアノを弾きながら歌ってたあかりさんを見たおやっさんは、
「彼女によろしく」と店を出て行った。あかりさんは、あわてて彼を
追いかけたんだった。

この界隈中心に回ってるタクシードライバーのおやっさんと、
きっと顔を合わせるのが苦しくて悲しかったんだろう。
音楽をあきらめて、ドライバーになったおやっさんの姿を見るのが。
しばらくして、あかりさんはこの街を出て行った。

「店に来るお客さんにもよく言われましたよ。ピアニストのおねーさんは?って。
 ピアノとおねーさんを楽しみに来てたのになァ・・・なんて」
俺が苦笑いすると、
「迷惑かけちゃったわね。ごめんなさい・・・」
あかりさんは少し悲しげな顔をした。

「たまには弾いてってください。ピアノも泣いてますよ」
俺はあかりさんにピアノをすすめた。その間に・・・おやっさん、電話出てくれよ?

「あ、もしもし、おやっさん?オアシスの紫狼だけど。え?休憩中?今どこ?
 ちょっとこっち来てくんない?え?迎車かって?そう、きれいなおねーさんが
 待ってんの」
「きれいなおねーさん」という言葉が効いたのか、おやっさんは10分ほど経った
ところで、店のドアを開けた。

「すんません、タクシー待ちの方は・・・?」
「あ・・・・・」

二人の間の時間が止まった。
「あかり・・・灯やないか・・・帰ってきたんか?」
「・・・ちょっと立ち寄っただけ。あなたは変わってないわね」
「灯もな・・・ちょっと痩せたか?」
「そりゃ、もっと若い頃に比べたらね。シワもシミも増えちゃったし。
 こーんなおばさんじゃ、ピアノ弾いても絵にならないもの」

あかりさんは笑いながらも淋しげにため息をついた。

「そんなことないで?灯のピアノはおまえだけのもんや。他のヤツには弾けん」
「・・・・・」
「紫狼、どうにかならんのか?灯がピアノ弾くこと」

おやっさんは、必死な形相で言った。

「俺にはどうこう言えないですよ。あかりさんにも都合があるだろうし」
「じゃ、おまえなんでワシを呼んだんや?ここで弾いてもらいたいからやろ?!」
「・・・というより、俺はお二人に会ってもらいたかったから・・・」
「大人をからかうんやないで?」
「俺だって十分大人のつもりですけど・・・」
「あなた、そういうとこ全然変わってないのね」

あかりさんは苦笑いした。

「とにかくホテルに戻るわ。ちょっと顔出してみただけだから。じゃ・・・」
「灯・・・・・」
「また寄らせてもらうわね、じゃ、また・・・」

あかりさんは立ち上がった。

「灯・・・灯!!行くな!!もうどこにも行くな!!」

おやっさんが叫ぶように声を上げた。

「事情があるならしゃーない、でもおまえにはここでピアノを弾いていて
 もらいたいんや!!おまえのピアノで、どれだけ人の心が癒されるか、
 自分でよう考えてみぃ!」
「・・・・・」
「ワシはおまえと一緒にいたいんや!!」

おやっさん、結局灯さんが好きでたまらないんだな。

「しばらく飲んでいきませんか?せっかくだし」

俺はシェーカーを手にした。

おやっさんとあかりさんは、黙ったままカウンターに座っている。
何年もかかってまた巡り会う二人には、不思議な縁(えにし)があるんだろう。
俺は二人のために、「チャンス・オブ・ラブ」のグラスを2つカウンターに置いた。
クリスマスはもう過ぎてしまったけれど、二人に幸せが訪れますように。


窓の外は今日も冬の雨だ。





参考資料 : ネット検索でお世話になったサイトのみなさま(^_^;)


BGM : 中村中 「冗談なんかじゃないからネ」(アルバムバージョン)