オアシス   〜 あかり 2 〜
「お久しぶり」と言って、あかりさんが訪れてくれたのは、今年も12月、
クリスマスのデコレーションをはずし始めた頃だった。

「あかりさん、最近もピアノと喉、うならしてるんすか?」俺はたずねた。
「まぁ、ぼちぼちってとこかしら」
「ぼちぼちって・・・おやっさんの口癖じゃないすか」
「そうね・・・」

タクシードライバーのおやっさんとあかりさんは、昔恋人同士で、
この店が縁結びみたいなことになって、再会した。

こんなのはオレのただの推理だけど、おやっさんと、きっと顔を合わせるのが
苦しかったんだろう、あかりさんは一度はこの街を出て行った。
そのあかりさんが、この町に戻ってきたと、風の便りにきいてはいたけど。

あかりさんの口ぶりを見ると、おやっさんとはしょっちゅう顔を合わせてるみたいだ。

「自分から辞めて行って、ずうずうしいのは百も承知なの。
 でもこのバーが好きなのよ。またここで、時々うたわせてくれる?」
「もちろんですよ!!大歓迎です♪」
思わぬあかりさんの申し出に、オレは諸手を上げて喜んだ。

「おやっさんも喜んでるでしょう?」
「まぁね・・・あの人もあたしも、一緒にいないとダメみたい」
そう言って、あかりさんは笑った。

「ひどい雨の日に、あたしのとこに来たのよ、あの人」
「じゃ、今おやっさんはあかりさんのとこに?」
「えぇ・・・小さな部屋だけど、ふたりでどうにかなるし」
「よがっだぁー!!おやっさん・・・おやっさんにも幸せがぁぁっ♪」
オレは自分のことのように喜んだ。おやっさんには幸せになってもらいてーからなぁ。

「大人の世界すね。オレみたいなヒヨッコにはまだまだ・・・」
「あらそう?年齢よりも経験、じゃないかしら?紫狼くんなんか、じゅーぶん
 オ・ト・ナ、でしょ?」
「んなこたねーすよ」
「豆千代さん・・・?」
「あれはただの同居人で」
「そういうのも大アリなのよ。始まってるじゃない?紫狼くんも」
「違うんすけどねぇ・・・」
「違わないって思う日がきっと来るわ」

あかりさんは立ち上がって、ピアノを指差した。

「お借りしていい?」
「どうぞ!!」

ポロポロン・・・いくつか鍵盤を流すように鳴らした後、あかりさんはゆっくりと
ピアノを弾き、うたい始めた。

♪ないものねだりだったあたしを許して
 あんたのそばに一生いさせて Ah♪

もうすぐおやっさんがやって来るだろう。おやっさんはまた聴きながらボロボロ
泣くんだろうな。
年取ると涙腺が弱くなって困る。しまりの悪い蛇口みたいだ。

♪小さな幸せに気づけなかったあたしを許して
 あんたのそばに一生いさせて Ah♪

今年の冬は、やけに気温が高めだと思ったら、あかりさんとおやっさんのせいか。
ったく、妬かせるぜ。(気取ってみた(^_^;))

あんまり妬かせるから、二人に出すよーなカクテルはねぇっ!!(古・・・(-_-;))





BGM : 中村中 「裸電球」