「オアシス」 〜ここは純喫茶だっ!!〜


うちの店の近所に、「マンハッタン」という純喫茶がある。
ここの店員の忍くんというのが時々、「オアシス」にもちょこっと顔を出してくれる
ことがあるんだけどさ。
彼曰く、店長って人がおもしろいらしい。

「どことなく風貌が紫狼さんに似てるんすよ」

オイオイ、ジョーダンじゃねーぜ。俺に似てるヤツなんざ、そんなゴロゴロ
いるはずねーだろ?

「そうそう、店長も本当はそんな風に思ってるくせして、口に出さないんですよ」

キミはエスパーか?思っただけなのに、なんでそう言い当てる?!


そんなにおもしれー店長なら、一度拝んでやろうじゃないの?
ってことで、昼間ヒマな俺だから、ダチのトモでも誘って行くことにした。

「もしもし?俺だけど。ちょっと付き合ってくんねー?」
「あ、紫狼?ワリィ!これからバイトでよー」
「えー、今プーじゃなかったのかよ?」
「ようやく決まってさー。だから、悪いな!他のヤツ誘ってくんねー?」
「わかったよ。じゃーな・・・」

なんでこういう時に限って、トモはバイトなんだよ?!
しゃーねーな。サーファー野郎でも誘ってみるか。

「もしもし?」
「お客様がおかけになった電話は、電波が届かないところにあるか・・・・・・」
「またサーフィン行ってんのかよー?!」

しゃーねぇや。お客さんでヒマそうな人・・・。
あ!!タクシードライバーのおやっさん!!昨日飲んで、今日は休みだとか
言ってたな!誘ってやれ。どーせあの人もヒマだし。

「もしもし?」
「・・・・もしも・・し・・・?」
「おやっさん?紫狼です、オアシスの」
「・・・オアシス・・・?ああ、店の兄ちゃんか・・・なんや、どないしたん?」
「・・すげぇ声・・・昨日飲み過ぎっすよ?」
「たまにはええやん。タクシードライバーなんてなー、飲まんとやってられん時も
 あるんよー?わかるかぁ?」

しまった・・・この人は誘うべきじゃなかった。(汗)
「なんや、兄ちゃんもなんや悩みでもあるんかぁ?ワシでよかったら相談乗るで?」
「・・・いや、何でもないんです。昨日飲み過ぎだったようなので、ちょっと電話
 してみただけで・・・」
「心配して電話してきてくれたんかー?ありがとなー・・・ワシにも心配してくれる
 ヤツがおったんやなー・・・・ありがと、ありがとーーーーっ!!」
「・・あ。いや、ゆっくり休んでください、おやっさん。じゃ、また・・・」
「おお、ありがとさん!兄ちゃんも頑張りやー!!」
「は、はい・・・じゃ・・・」

フーーーーッ。あぶねー。(汗)
しゃーねーなぁ。一人で行ってくっか。

すると、そこへまた電話が・・・。おやっさん、しつこいじゃねーかよ!

「もしもし?」
「あ、紫狼くん?オレオレ、太郎!!」
「なんだ、太郎くんか・・・」
「これから野球やるんだけど、来ない?一人足りなくてさ」

・・・・・・・・。

「悪い・・・ちょっと野暮用があってさ」
「そうかー。もしかして彼女できた?」
「ちげーよ!」
「ま、いいや、頑張ってね!彼女によろしく!!」
「だからちげーっつってんだろ?!」

プツッ。
誤解すんなよ?!
はー・・・・・一人で行ってくっか。


純喫茶ってどんなんだ?街ん中によくあるマイ○ミとかああいうヤツか?
でもチェーン店じゃねーみたいだしな。店長ってどんなヤツだろ?
もしかして店長って呼ぶな、マスターと呼べとか心の中で思ってる頑固オヤジの
店だったりして?
なんか行きにくいなー。忍くん、そんなとこでよくバイトする気になったなぁ?

あ?シルバーのアクセサリーなど付けてる方のご入店はお断りします、とか
言うんじゃねーだろうなー?!
はずしてこ。
あ?素足じゃまずいか?

たかが喫茶店行くのに、なんでこんなに疲れんだよ?!

俺は無難なシャツにジャケットを羽織って、地味めのパンツにちょっとヨレった
靴をつっかけて、家を出た。
マンハッタン、マンハッタン・・・。
ラーブラブマンハッタン、マンハッタンラブラブ・・・
?なんでこんな鼻歌が出てくんだろ?
ま、いっか。


三角コーナーのような角地に、その店はあった。
なるほど、確かに純喫茶をうたってるような店構えだな。

カランカラン。
なるほど、確かにこの”カランカラン”は王道だな。

「いらっしゃいませー」
忍くんの明るい声が店内に響く。

「あ、紫狼さんじゃないすか!来てくれたんすね?ありがとうございますー!」
「・・あ、や、やぁ、こんちは」
「最近、モーニングとかナポリタンとか始めたんすよ?」
「あ、ああ・・・いや・・・とりあえず・・・・ブレンドを・・・・」
「はいっ!店長!!ブレンド入りまーす!!」

おそるおそるカウンターの方を見ると・・・いたっ!!
チョビヒゲの長身のオヤジ・・・いや?けっこう若いぞ?
うわー、うさんくさ・・・いや、得体の知れないヤツだ・・・。要注意!

店長・・・いやマスターと呼んでやろう、その方が無難だぞ?

「ま、マスター・・・」
「は・・・はい?」
マスターは一瞬驚いた顔をして、こちらを見た。
なんで驚く?
「何か?」

とりあえず呼んでみただけだったんだけど・・・ええと・・・。
「・・・素敵なお店ですね」
「・・・・・ありがとうございます・・・・・」

?!
マスターがいきなり後ろを向いて小さくガッツポーズをしたのを、
俺は見逃さなかった。
なんだ、このオヤジ(もどき?)笑えるじゃねーか。
なるほど、忍くんがおもしろがってバイトしてるワケがわかったような気がする。

「おまたせいたしました・・・ブレンドです」
「・・ありがとうございます・・・」

俺もマスターもぎこちねー。自分でも笑えるよ。
あ。もしかして忍くんの言う通り、どっか似てんのかも?
てことは、俺が年取ったらああなるってことか?
チョビヒゲ・・・ハハハッ!!
あ・・・いきなり笑っちまった・・・まずい・・・。
忍くんがやってきた。

「ね?店長おもしろいでしょ?それに紫狼さんに似てると思いません?」
「そ、そっか?確かにマスターはおもしろそうだけど・・・」
「でしょ、でしょ?ここに来るお客さんもキャラ濃いんすよー?」
「そう・・・」
「紫狼さんも仲間入りっすね!」
「ええ?!俺、濃いのか?!」

?一瞬、マスターの声が聞こえた気がした・・・。
(しろう、しろう・・・しろうだから・・S、か?)
どういう意味だ?(謎)

カランカラン。

「いらっしゃいませー!」
またも忍くんの元気な声が響く。

あれ?あれは・・・

「あら、紫狼さん?」
「豆千代さんも、ここ来るの?」
「ううん、今日初めてよ。なーんとなく入っちゃったんだけど。
 近くにこんな喫茶店あったのに、今まで来たことなかったわ」
「俺も、今日初めてで・・・」
「そう。ここ、いい?」
「どうぞ」

豆千代さんはカウンターの方を向いてにっこりと
「マスター、ブレンドをお願いします」
「・・・はい、かしこまりました」

まただ!振り返ってガッツポーズしてる!あの人おもしれーっ☆☆

?なんかまたブツブツ聞こえたような気がする。
(まめちよ、まめちよ・・・まめちよだから、M、か?)
まだブツブツ言ってる。
(SとM、か?!SM?!それはまずいっ?!)
いったいあの人なんなんだろう?(謎)


俺は豆千代さんと、コーヒーでひとときを過ごした。
豆千代さんにはなぜかコーヒーが似合う。あ、豆つながり?
くくくっ!!
あ、また笑っちまった!!

「なに?」
「いや、なんでも・・・・」
「ヘンな紫狼さん」
「あ・・はは・・・・」
「うふふふふ」

忍くんがまたやってきて言った。
「やーっぱり店長と紫狼さんて似てますね!」

そうかぁ?!?!
マスターと俺の目が合った。
お互い、思わず、ノンノンノン、と首を振った。

やっぱ似てるのかもね。


なんか不思議な雰囲気を醸し出すここ、「マンハッタン」。
俺のラブストーリーもここで生まれねーかなー?とふと思った
晩秋の昼下がりだった。