「オアシス」 〜悲しきOL・千波(ちなみ)の朝〜


今日も通勤電車でヘトヘト。
ヒールがイタイ。
窓に映る疲れきった顔。

「あふ〜〜・・・」
一つ大きなアクビをしたところで、見覚えのある顔の男が乗り込んできた。

「おっ!常連さんの千波ちゃん、デカい口!!」
「紫狼さん・・・」

バツが悪くて、私は少し小さくなる。

「これから会社?」
「うん」

私は慌てて、素のモードから人前でのモードに切り替えようと、内心必死だ。

「朝早く会うなんて、初めてね」
「だな、いつもは寝てる時間だよ」
「こんなに早く出かけるの?」
「今、遅い夏休みでさ、って・・・最近ご来店してらっしゃらないから、
 ご存知ないですね?」

少しばかりイヤミを込めて、紫狼さんは言う。

「それで店休みだから・・・たった3日間だけどね」
「存知上げなくて申し訳ございませんでした」

私も、ご丁寧な言葉遣いで答える。

「私は夏休みは、またボーッとしてたなぁ・・・」
「どっこも行かなかったの?」
「友達は田舎帰っちゃってたし、家の片付けと掃除・洗濯でしょ、それから・・・
ブラブラ一人で出かけて・・・」
「ずいぶん淋しいじゃねーかよ!カレシは?」
「いたらこんな夏休みなワケないでしょ?!」
「だな・・・。ったく、いい年頃の女がもったいねーなぁ」
「そう思うんなら、カレシになってよね?このいたいけな淋しい女の」

私は皮肉っぽく笑う。

「カレシ?俺が?ムリムリ!愛想つかされるよ、この俺じゃ。
 続きゃしねぇよ、俺の相手は」
「そーだね、美意識強いもんねー」
「外見は全然問題ナシよ?特にキミは美人だし。そうじゃなくて、
 俺のワガママに付き合わされて、たいてい愛想つかすの!」

紫狼さんは、子供っぽく笑ってごまかす。
こういうカオが女心をくすぐるのにねー。

「いい男なのにもったいない」
「それはそっくりそのまま返すよ」
「それはそうと、どこ行くの?」
「実は、ダチんとこから今帰り」
「朝帰りですかァ?」
「飲みすぎて爆睡!ハハッ!」
「で、今帰りなワケね」
「夜行性だからねェ。あ、ダチ、トモってーんだけど、紹介しようか?
 アイツも淋しい人生送ってんだよ」
「それはそれはご丁寧に」
「あんだよ?人がせっかく幸せの橋渡ししてあげようと思ってんのにさー」
「ごめんごめん。ありがと。今度お願いするわ」

本当はすぐにでも紹介してもらいたいけど、ガッついてるみたいに
見えるかも?と思って・・・。

「お互い不健康だなぁ」
「清く正しくスポーツでもやったら?」
「うーん、海行ってボードでも乗りてェなー」
「やるの?」
「昔、ちょっとね」

夜行性の紫狼さんにしては意外。

「やればいいじゃん」
「早起きがさー、ダメ!ダチの中には3時起きで行くヤツいんだけど」
「そりゃムリだね、紫狼さんには」
「だろ?」

虚しく笑う若者二人。
窓から弱々しい夏の光が差し込んでくる。

「あ、俺降りるわ。んじゃな、気をつけて」
「はいはい、お疲れさまー。オヤスミ〜」
「だな。オヤスミ」

笑いながら紫狼さんは降りて行った。

今日も通勤電車でヘトヘト。
ヒールがイタイ。
窓に映る疲れきった顔。

でもまた今日も一頑張りしますかァ!

ドアが開き、私はヒールを蹴って歩き出す。
悲しきOLの一日の始まり。