「オアシス」 〜Kiss of Fire〜


今夜はなんとなく、ラテンの風を浴びたくて、カウンターにすわるとすぐに
マタドールをオーダーした。

「かしこまりました」

シェーカーを振るバーテンダーの姿は、きりりとしてさながら闘牛士のよう。

「おまたせいたしました」

目の前に置かれたグラスには、パイナップルとライムのスライスが飾られていて、
とてもテキーラなんて入ってるようには見えない。


「人の心もそんなものかな」

私はひとりつぶやいた。

バーテンダーは静かに微笑んでいる。

どんな人の奥底にも、蠍(さそり)のような毒が含まれているのかもしれない。
ただ、ふだんは表に出さないだけ。
私もいつか、毒にやられてもがき苦しむのかな。


「ねぇ、バーテンダーさん、なにか作ってくれます?」
「はい。今日はどんな感じのものがよろしいでしょうか?」
「そうだなぁ・・・今日の私のオーラっぽい色のもの・・・で」
「今日のお客様のオーラで、ですね?」

バーテンダーは少しはにかむように笑いながら、シェーカーを手に取った。
オーラって言っておいて無責任だけど、この人、私のオーラが見えるのかしら?


カクテルグラスの縁をレモンジュースで濡らし、グラニュー糖をまぶしたスノースタイル。
シェーカーから静かに注がれたそのカクテルは、炎のように赤々としている。

「おまたせいたしました。キス・オブ・ファイアです」
「炎のキス、ね?」
「はい。ルイ・アーム・ストロングの歌から名付けられたカクテルです」


グラスに触れた唇が、甘さを感じると同時に、火をつけられたように熱くなる。
まるであの人とのキスのように。


私はバーテンダーに半分ふざけて聞いてみた。

「ねぇ、バーテンダーさんには、人のオーラが見えるの?」
「・・・いいえ・・・・・」
「じゃあ、どうしてこのカクテルを?」
「マタドールをオーダーなさったので、闘牛士から赤をイメージして、これを・・・」
「そうよね。オーラが見えたら、他の仕事もできるものね」

私は笑った。バーテンダーも笑った。だけどどこか切なく、胸がきゅんと痛んだ。


「今日の私は赤ね?じゃ、もうひとつ燃えるような赤いカクテルをください」





参考文献: 稲 保幸 著 「カクテル」(新星出版社)
       上田 和男 著・川部紘太郎 写真 「カクテル」(西東社)



BGM : ポルノグラフィティ 「ジョバイロ」