「オアシス」 〜ある夜の恋話〜 午前1時を過ぎたあたりから、ぴたっと客足は止まっている。 そりゃそうだ、祭りの後って感じだろうな。クリスマスも過ぎた26日の午前1時じゃ。 ドアを開けて通りを見てみる。 冷え込んだせいか、雨には雪が混じり始めたようだ。 人通りもまばら。こんな夜は、早めに店を閉めるに限る。 さて、自分に一杯だけカクテルを作ってやったら、帰るとするか・・・。 すると・・・コツコツとヒールの音を響かせて、ひとりの女がやってきた。 「もう閉店かしら?」 「いえ・・いらっしゃいませ」 傘を持っていないらしく、コートの肩先どころか、長い髪も濡れている。 その女は、ゆっくりとバーカウンターに座った。 「・・・おまかせするわ」 「かしこまりました」 俺は女を遠目に見ながら、インスピレーションを働かせる。 この女(ひと)だったら・・・ピーチリキュールのきいたコレかな・・・。 「おまたせいたしました」 「ほんのりピンク色がきれいね・・・これなんて言うの?」 「セックス オン ザ ビーチです」 「・・・ふふっ、バーテンダーさんも人が悪いわ。こんな夜にたったひとりの女に向かって」 「いえ、別に深い意味は・・・・・。お客さまのイメージで作ってみたんですが・・・」 「・・私のイメージってどんな?」 「・・・・どんな・・って・・・」 「あら、困ってるわね?ふふっ」 意地悪そうに女は笑う。でもふと向けたその顔に、なんだか妙に心をくすぐられてしまう。 「クリスマスもひとりで過ごした可哀想な女、せめてカクテルの名前くらいは・・・ って思ってるんでしょ?」 「いえ、そんな・・・」 「バーテンダーさんこそ、クリスマスなのにお仕事なの?」 「・・・クリスマスなんてないですよ、俺には。正月も休むのは2日と3日だけです」 「まぁ」 「・・・気の毒な男だとお思いなんでしょう?」 俺もひねくれた笑いで返した。 「じゃ、可哀想な者同士ね。今夜はちょっと付き合ってくださいます?」 そのコケティッシュな微笑みに、俺は思わず「はい」とうなずく。 ブランデー、ホワイト・ラムにコアントロー、レモンジュースをシェーカーに入れ、 リズミカルにシェイク。 グラスに注いで、俺用のカクテル、ビトウィーン ザ シーツの出来上がりだ。 彼女にはこの名は告げずにおこう。 「じゃ、あらためて乾杯」 「乾杯」 グラスを2つ合わせる。 ほんのちょっぴり色づいた彼女の頬は、ピーチリキュールの色よりもセクシーで可愛い。 午前2時。まるで何かの歌詞のように、窓の外は雨から雪に変わっていた。 参考文献: 稲 保幸 著 「カクテル」(新星出版社) 上田 和男 著・川部紘太郎 写真 「カクテル」(西東社) |