「オアシス 〜重い扉の向こう側〜」



「ほら、行くんでしょ?」
カフェであたしは友達に言い聞かせていた。
「後悔したくないんでしょ?だったら行くよ!!」
「でも・・・」
「でももクソもない!!今逃したら一生会えないかもしれないよ?!それでもいいんだ?
 あんたの気持ちなんて、所詮そんなもんだったんだ?」
あたしはハッパをかける。
「違うよ!!・・・ただ、会うのが怖い・・・」
「んなの、会ってから後悔しろ!!」
「だって、お店の場所とかわかんないし・・・」
「イマドキ調べられない場所なんてないの!あたしがどうにか調べてやる!!」

あたしのパワーは昔からこんなだ。恋愛が絡んだら、自分のことだろうが人のことだろうが、
ついつい突っ走ってしまう。

昔やってた店をたたんで、新しい店に勤め始めたって、風の便りに聞いた。
昔の店の近所、ツテをたどって、いろんなとこに問い合わせて、ネットで調べて
ついに突き止めた。
友達が好きだった人の、今勤めてる店。

目の前に立ちはだかる、ちょっと重めのドア。
「ほら、開けて?」
「やだ、代わりに開けてよ?」
「ったく、この期に及んで何言ってんの?」
「だめ、あたしには開けられない・・・」
「しょーがないなぁ!行くよっ!!」

確かに重い、そのドアを開ける。

「いらっしゃいませ」
ほの暗い店内から声が響き、背の高い渋めの男がこっちを向いて言った。

「あの、こちらに佐々倉さんっていらっしゃいます?」
「ちょっと!ストレートすぎる!!」
友達はあたしの陰に隠れて、必死になってる。

「おい、佐々倉、お客さんだよ」
渋めの男が言った。

「はい・・・佐々倉は僕ですが・・・?」
やわらかそうな雰囲気の、やっぱり長身の男が、奥の方から出てきて言った。

「佐々倉さん、この子が、お話があるって、来ました!!」
はいどうぞ!!と、あたしは友達の背中を押す。

「ムリだよ・・・」と半泣きになってる友達の、背中をさすりながら、少しずつ
前へ前へと押し出す。

ごめん、あたしだってホントはこんなムリヤリなことしたくない。
でも、このあたしが言ってんだよ?あんたに後悔させるなんてことしたくないんだよ。
おんなじような想いさせたくない・・・。

「お客様、こちらへどうぞ・・・」
渋めの男が、あたしだけ店内の奥の席に案内して、そっとその場を離れた。
「あなた、かなり強引な方のようですね?」と、半分笑いながら言った。
「わかります?」と、あたしは答えた。
「そういう方、嫌いじゃないですけど?」なんて、こちらには顔を向けずにさらっと言う。
「どうぞ・・・」と席まで案内してくれた。
あたしは「どうも」と軽く会釈して、席にすわった。

別にあたしは、渋めの男はシュミでもなんでもないんだけど、もう恋なんてどうでも
いいんだけど、「嫌いじゃないですけど」って言われるのは悪くないな。

カウンターには、佐々倉さんと友達の二人だけだ。ちゃんと気持ち伝えられてるかなぁ?

ピアノの音が静かに流れ出した。曲は・・・「果てない空」。
ふと、ピアノを弾いてる人を見てみた。白いジャケットがよく似合う。
その指から奏でられる音は、しなやかで繊細で、心を穏やかな世界にいざなってくれる。

「おまたせいたしました」と、渋めの男がカクテルを運んできた。
「え?あたしまだ頼んでないけど?」
「こちらは俺からのちょっとしたサービスです」
「きれいな色・・・このエメラルドグリーンのカクテルはなに?」
「Around The Worldです。テイストは甘めですが、度数はけっこう
 きついですよ?まさにあなたのような・・・」
「それはそれはどうも!」

渋くてちょっとかっこいいけど、お客相手にけっこうな口きいてくれんじゃない?

「ところで・・・あの子、どうしてる?佐々倉さんと・・・ちゃんと話してる?」
「あなたは、かなり強引かつ、相当なお節介ですね?あなたのお望みどおり、佐々倉と
 話してますよ」
「上手くいくかなぁ?あの子の気持ち、伝わるといいなぁ・・・」
「まぁ、人がどうこう言うことじゃないすから。要は当人同士の問題でしょ?」
「ずいぶんとクールですこと・・・」
「そういうあなたは熱すぎんじゃないの?自分はどーなんだよ?そういうヤツに限って、
 自分はうだうだグズグズだったりして?」
「そういうあなたこそ、優柔不断男だったりして?」
「・・・・・」
「やだ、図星?そうなんだ?」
「・・・こんのぉっ!客じゃなかったらぶんなぐってるぞ?!」

あの子と佐々倉さんが、カウンターからあたしたちの方を見てる。

あたしいったい何しに来たんだろう?
思わず「すみません・・・」と小さくなる。

「そちらの方もカウンターの方へいらっしゃいませんか?」佐々倉さんが手招きした。

「同じカクテル作っても、バーテンダーによって味が違いますからね。あいつのも
 飲んでやってくださいよ」
渋めの男は、さっきふっかけたのを忘れたかのように、静かに言った。
「そうね、あなたの作ったカクテルより、佐々倉さんの作ったカクテルは、ずっと
 まろやかな味かも、ね?」
「ったく、ああ言えばこう言うんだからよー?まぁそういうのも嫌いじゃないけど」
渋めの男は、また言った。

Around The Worldのグラスを持って、カウンター席に移り、
真っ先にあたしは友達に訊いた。
「ね、ね?佐々倉さんと上手く行った?」
「あんたみたいに簡単に進行できる人間ばっかりじゃないの!それよりさぁ・・・
 ずいぶんあのバーテンダーさんと親しそうに話してたじゃない?
 そっちこそどうなの?」
「別に?あんたのせいで、あの人と口ゲンカみたいになったわよ!」
「ごめん。でもとっても楽しそうだったよ?あんなあんた見るの久しぶりかも?」
「あんたは自分のことだけ考えてなさい!!」
半分呆れ笑いしながら、あたしは言った。

「あたし、佐々倉さんのAround The World、ごちそうになっちゃった」
友達はあんなに尻込みしてたのに、うれしそうにあたしに言う。
「よろしかったら、僕のAround The Worldも飲まれます?」
佐々倉さんがあたしにたずねた。
「じゃ、せっかくだからいただきます」
そう言って、差し出されたエメラルドグリーンのグラスを一口飲んでみる。
こちらのグラスにはミントチェリーが添えられてて、ちょっとキュートな感じだ。
やっぱり口当たりがソフト。まるで佐々倉さんの風貌を表してるかのよう。

でも・・・もしかしたらあたしは、ちょっときつい、渋め男のカクテルの方が好みかも?
あたしは渋め男をチラッと横目で見た。ヤツは、アヒル口をほんの少し開いて、
にかっと笑った。

「僕もいただいていいですか?」
さっきまでピアノを弾いていた白ジャケットのピアニストも、カウンターにやってきた。
「キール・ロワイヤルください」
「はい、かしこまりました」

佐々倉さんはワイングラスに、シャンパンとクレーム・ド・カシスを入れ、軽くステアする。

「うわぁ、エメラルドグリーンもいいけど、カシスの赤もきれいね?」
あたしは思わずそのグラスを見つめた。

「二郎くん、あ、このピアノの方、二郎くんって言うんですけど、二郎くんには赤が
 とっても似合うんですよ」
佐々倉さんが言う。
「じゃ、佐々倉さんは?」
友達が積極的に話し出した。よし!行け行け!!と、あたしは心の中でエールを送る。
「僕は・・・やっぱりグリーン系かなぁ?他にエメラルドクーラーとかもありますが」
「じゃ、今度はそれ、いただきます」
友達にもエンジンがかかってきた。

「何かお作りしましょうか?」
渋めの男が、あたしに話しかける。
「そうね、何かオススメの、ある?」
「じゃ、こちらを・・・」
そう言いながら、シェーカーにドライジン、ホワイトキュラソー、レモンジュース、
氷を入れ、シェイク。
やっぱりバーテンダーといえば、見所はこのシェイクだよね。
そっとカクテルグラスに注がれた上品な乳白色、なんだか初々しい感じがする。

「おまたせいたしました。ホワイトレディです」
おまかせで、レディという名のついたカクテルを出してもらったりすると、やっぱり
悪い気がしない。

「飲み口がさっぱりしてると思いますけど」
「うん」
「まさにお客様にぴったりではないかと?」
「・・・さっぱり・・・ね。何がさっぱりなんだかね?(=_=) どうせあたしは、
 恋愛もさっぱりですよ!!」
「この人、もしかして、飲んで酔っ払ってからむタイプ?」
友達にあたしのことをきいてる渋め男!
「こらぁ!そこの渋いヤツ!!さっきからさんざんなこと言ってくれちゃってぇ!!」
「・・・紫に狼と書いて、しろう、です・・・」
「むらさきにおおかみ?それでしろう?ナルシストもいいとこだ!!このーっ!!」
「ちょっと、あんた、酔っ払ったの??」
友達の声が遠くに聴こえる。


「ったくどーすんだよー?」
「起きないですね・・・」
「あ、佐々倉は、こちらのお嬢さん送って行ってあげて?」
「オレ、ですか?」
「決まってんだろ?ほら!!」
「あの、あたしはいいです、彼女どうにか送っていきますから」
「じゃ、僕手伝います!」

バーテンダー2人とピアニスト1名を巻き込んで、あたしはどうやら
家に送ってもらったらしい。
翌日起き上がって、ものすごい頭痛に見舞われた時、なんとなく思い出した。

友達のために意気込んで行ったのに?なにしてんだ?あたし!?!

あ、電話・・・。音が・・・響く・・・頭痛ーーーーーーーい!!
着信を見ると、張本人の友達からだ。

「もしもし・・・?」
「あ、あんた?大丈夫?」
「ごめん、送ってくれたんだ?」
「あたしはたいしたことしてないよ?うち教えただけ」
「え?」
「タクシー乗せても、女の力じゃ家まで運べないと困るだろうから、って、
 紫狼さん、一緒にタクシー乗って、降りてからあんたをおんぶしてくれたんだよ?
 覚えてる?」
「・・・記憶ない・・・・・」
「お礼言っといた方がいいんじゃない?」
「う・・ん・・・」

なんでだ?なんでそういうストーリー展開になる?!
主役は友達で、あたしは単なる応援する脇役だったのに??

「あんた、佐々倉さんとはどした?!」
肝心なことを訊くの忘れてた!
「まぁ、言うだけは言ったつもりだけど・・・?」
「それで?」
「今はそういうこと考えてるヒマがないくらい、カクテルの勉強に忙しいんだって。
 でもあたし、そういう佐々倉さんだから好きなのかなぁ?って・・・(*^_^*)」
「はいはい、ごちそうさま・・・」

友達との電話を切った後、お店の方に電話してみた。
まだお店開いてないから出るはずないか?とタカをくくってたら、出た!!(@_@;)

「もしもし?」
「あのー、ゆうべご迷惑をおかけしました者ですが・・・」
「おめーかっ?!ったく、あんな客見たことねーぞ?!マジで重いし、少しはダイエット
 した方がいんじゃねーの?お客さん!!」
「すみません・・・」
「ま、これに懲りずにまたのご来店を・・・」
「また迷惑かけますけど?」
「かけないようにしてください!!」
「はい・・・すみませんでした・・・」

あー、あの店に、紫の野郎に借りができた。なんかムカつく。今度こそベロベロに
酔わないでヤツを攻撃してやる!!

あたしはシャドーボクシングの真似をしてみた。
あー、あったまいたぁーーーーーーーーーーーーーーいっ!!(ToT)








参考文献: 稲 保幸 著 「カクテル」(新星出版社)
      上田 和男 著・川部紘太郎 写真 「カクテル」(西東社)




勝手にすぺしゃるさんくす : これをたまたま書いてたら、「帰れま10に」
                  松岡が出てきて、ちょっとびっくりしたわし。
                  松岡、相変わらずだな、君は。(^_^;)
                  そして佐々倉さん、二郎くん、いつもありがとう。m(_ _)m