「哀愁のタクシードライバー」 〜Half Bitter Rain〜


「さて、@ Killer Station、今週はこの曲でお別れです。
 WOLFで『あなたの天気予報』。お送りしたのはWOLFの明良でした。ばいばい!」

ラジオをつけると、若い男が女心を切なく歌い上げとった。
天気予報か・・・。今日はどんよりと曇った空、ダークグレイの雲が重くのしかかる。
この歌みたいに、今にも雨粒が落ちてきそうな空模様や。

ついに降り出した。


雨の中、傘も持たず女がひとり手を上げとる。
よう見ると背後に、若い男が背を向けるように立っとった。

「すみません、舞浜の方までお願いします!」
「○○○ランドですか?」
ワシがたずねると
「○○○シーの方!!」
勢いよく女は答えた。
「マジで行くのかよ〜?」
男は乗り気やないけど、渋々、みたいやな。

「湾岸使いますんで、ちょっと混むかもしれへんなぁ?ええですか?」
「はい!!」
相変わらず元気よく答えるのは、女の方や。

「ったく、明良ったら○○○シーがオープンしたのも知らないんだから!」
「しかたねーだろ?ツアーとアルバムで頭がいっぱいだったんだからさ!?」
「少しは私のために時間空けてよ?」
「あのスケジュールで空けられるかよっ?!」

二人の会話を、聞いてへんふりをして聞いとる。
どうやらこの男、音楽やっとるらしいな?
懐かしいなぁ、また思い出してまうわ。こいつは夢叶えたんやな。

「せっかくのオフなのに・・・なにも疲れに行かなくてもさー?」
男がブツブツ文句を言うとる。
女は・・・急に押し黙った。・・・なんや、不穏な動きやな?

お台場を通り過ぎた時、女が溜息まじりにつぶやいた。
「あーあ、ここだって一度も来たことないんだよ?明良はラジオやってるくせにさー?」
「しかたないだろ?!仕事なんだから!!オレだって遊んだことねーよっ!!」
アカン、二人の間に険悪なムードが流れ始めたわ。

「運転手さん、止めてください」
ついに女が言い出した。こうなるんやないかって思っとったんやけどな。
「止めて!!」
「高速やから止めるわけには・・・」
「じゃ、高速下りてください!!」
「なんだよ?!自分から行くって言っときながらさぁー!?」

ワシは次の出口で下りて、側道へ入った。
「止めてください!!」
いきなり車を止めさせた女は
「明良、遊んでないんでしょ?ひとりで行けば?!」
そう言い残して、飛び出すように降りた。

「梨香!!何バカなこと言ってんだよ?!」
男の呼びかけも虚しく、雨の中を女は走り去ってく。
「ったく・・・」
男は頭を掻きながら、大きな溜息をついた。

「ええんですか?」
ワシは思わず聞いとったわ。
「え?」
「追いかけられる時に追いかけんと後悔しますよ?ワシみたいに・・・」
「運転手さん・・・」
「追いかけてほしいんですわ、女は。帰って来るってタカをくくっててもな、帰って来ぃへんことも
 あるんやで?!」
「・・・・・」
「何ボケーッとしてんねん?!はよ行きやっ!!」
「はいっ!!」

男はあわてて車を降りる。が、ワシの方を向き
「運転手さん、払うの忘れてた!!いくら?」
「おにーちゃん、音楽やってんねやろ?出世払いでええで?」
「タクシー会社と名前覚えときます!!それじゃ・・・ありがとう、運転手さんっ!!」

男も雨の中を駆け出した。

ラジオでは、男が切ない恋を歌っていた。

♪Half Bitter Rain
 煙る景色に いつも思い出す
 背中を見送ったあの日♪


ワシはメーターを回送にして、会社に戻る。
今日一日も無事終わったわ、ごくろうさん。労いの言葉を自分にかける。

「オヤジさん、ついさっきお客さんが来てましたよ?」
ワシはなぜかドライバー仲間や事務所の人に「オヤジさん」と呼ばれとる。
ワシより年上の奴もぎょうさんいてるのになんでや?!思いつつも、
親しみを込めてなんやろ、まぁええか、とそのままにしとるけどな。

「これを渡してくれって・・・」
見ると、封筒の中にタクシー代らしきお金と手紙。

「運転手さん、今度一緒に映画に行くことにしました。どうもありがとう!!

                           名も無きシンガーより」


フッ、あの男か。「名も無き」なん言うて、謙遜しとるんやろ?
テレビにはあの顔がよう映っとるんやろな?
ほら・・・?事務所のテレビに、あの男のCMが流れた。
「よかったなぁ」
画面に向かってひとりつぶやくワシ。

雨はまだまだやみそうもないけど、すべてを洗い流してくれとるようやった。
今日つらい想いした人々のために。まっさらで迎える新しい明日のために・・・。