「哀愁のタクシードライバー」


ワシは、鬱蒼と茂ったケヤキ並木の道に車を止め、休憩に入った。
これから昼メシや。と言っても近くのコンビニで買ったパン。
ホンマは飯の方が好きなんやけど。

この仕事をする前はな、これでもサラリーマンやった時もあったんやで。
いろいろと思うとこあって、仕事を辞めた。
理由は・・・まぁええやろ?

シートを倒してぼんやり空を見上げる。
ええ天気やなぁ・・・なんや眠ったら爆睡してまいそうやわ。

すると、窓ガラスをトントンと叩く音。
ん?助手席側を見ると、ひとりの若い女が立っとった。

「すみません・・・お休みのところ申し訳ないんですけど、なかなか拾えなくて・・・」
「は・・ええですよ?どうぞ?」

ドアを開けると、けっこうデカいカバンを持って女が乗り込んでくる。
旅行かいな?

「どちらまで?」
「・・・どこでもいいんです・・・」
「え?」
「どこでもいいから、遠くへ行きたいんです」

そう言われてもなぁ?!

「困ります・・・どこでもって言われても・・・?!」
「運転手さんはどこに行きたいですか?」

そんな、ワシが行きたいとこ行ってどうすんねん?!ヘンなヤツ乗せてもうたなぁ・・・。

「しゃーないんで・・・とにかくこの辺回りますわ。途中で行きたいとこ見つかったら
 言うてくださいね?」
「・・・・・」

ワシはラジオをつける。若い男の切ない歌声。

「♪ねぇ 君は 愛の続きを  ねぇ 誰としーてるー♪」

女は相変わらずだまったままや。
チラッとミラー越しに顔をのぞくと・・・泣いとる?!

「♪あの日の俺は  少しなぜだか どうかしてたんだ♪」

仕事柄、こういう場面は山ほど見てきとるから、あえてそしらぬ振りをするのがエチケット。
せやけど・・・なんやろなー・・・なんや気になってん・・・。

すると、女の方からポツリポツリ話し出し始めたんや。

「運転手さん・・・どうして本当に好きな人とは一緒になれないんでしょうね・・・」
「・・・好きな人・・・?そうやなぁ、一緒になれるヤツもおりますけどなー?
 でも、あんなに好き合って一緒になったのになんで別れるんや、ちゅーこともあるし?」

「♪ハブラシは俺のだけが  傷んでゆく なぜなんだ
  ねぇ 君は 愛の続きを  ねぇ 誰としてる♪」

「私ね・・・今、さよならしてきたんです。
 もうこれ以上、彼の元でつらい気持ちのまま、生きていきたくなかった・・・。」
「そんな彼の元を去るのには、よっぽどの理由があったんでしょうね?」
「私、彼を愛していたから・・・愛しすぎて、ほんの少しの余裕も与えてあげられなかった・・・」

「♪ハブラシはいつものように  カガミの前二個並んで 
  Ah 待つよ 俺は待ってる  信じて待つよ♪」

「このままじゃ彼はダメになる・・・って思ったんです。私は彼をダメにしてしまう・・・」

ワシは思い出しとった。彼女との2年間を・・・。

「お客さん・・・こうしてタクシードライバーやってるとね、いろんな人に会うんですよ。
 タクシーにもドラマがあるんですわ。」
「ドラマ・・・?」
涙が幾筋も落ちた頬を、ハンカチでそっと押さえながら、聞いてくる。

「ワシにもいろんなことがありましたよ。この仕事、そういう世の中の辛酸を舐めてきたヤツ
 けっこう多いんですわ・・・。」

ワシはゆっくりと、彼女とのことを話し出した。



          * * * * * * * 



あれは17年前のこと。ワシがまだサラリーマンになる前の話や。

ワシは音楽で身を立てて行こうと思っとった。
高校卒業と同時にバンド仲間と上京して、ギター片手に夢抱いて生きとった。
食えなくても音楽のためなら・・・純粋で青臭くて、世間知らずやったんやな。

仲間と必死で、デモ送ったわ。そしたらひとつだけ「やってみないか?」と
言うてくれたとこがあって。

そんな時や、彼女と出会うたのは。
ワシら、ライブハウスに出さしてもろてたんやけど、彼女はそのライブハウスで働いとったんや。

「すごいね、いよいよデビューだなんて・・・!!」

瞳をきらきらさせて、彼女はうれしそうに言った。
瞬間、ワシはこの子にホレとるって思った。


今思えば・・・デモ認められて、有頂天になっとったんやな。
ワシらの前途は明るいって、調子こいとったわ。


狭いアパートで彼女と同棲し始めて、それだけで幸せやった。
陽があたらなくて、寒くて、せやけど一緒に毛布くるまって、心はあったかかった。
いつも抱き合って、愛を確かめ合っとった。
でもなんで、彼女の本当の心の不安をわかってあげられなかったんやろ・・・?


ある日ワシらは、横浜へと出かけた。港の見える外人墓地伝いに歩く。
ここは、彼女とよく来た場所や。風が少し冷たい。

少しワシの後を歩いていた彼女が立ち止まり、こう言った。

「私はあなたにもうついては行けない・・・このまま一緒にいたら、私はどんどんあなたを縛ってしまう。
 あなたの才能を奪ってしまう!音楽にのめりこんでるあなたを愛してたのに、いつの間にか私だけを
 見てほしくなってしまってた・・・」
「ちょっと待てや?それ・・・?!」
「さよなら・・・ごめんね・・・」

彼女は今来た道とは逆の方へ、駆け出していった。
ワシは・・・追うことができず、ひとり風の吹き抜ける丘に立ち尽くしとった。


彼女を失ったワシはもろいもんや。音楽にも身が入らんようになって・・・
ワシらバンドも・・・ポシャってもうた。


仲間も散り散りになって・・・ワシはサラリーマンになった。けど・・・長続きせんかったわ。
どこかでワシの夢が邪魔しとったんかもしれへん。

会社も辞めて、生活するのも苦しくて、いっそ故郷帰ったろか思ったけど、大反対されて上京した以上、
家族に負け犬みたいなの見せられへんかったし・・・。
でも、今なら思うで?一生懸命やったんやったら負け犬でもええやんか?!って。
どれだけ一生懸命やれたかってことやと思う。


で、たどり着いたのが今の仕事や。

女にフられたと、泣きわめく男。
上司の接待でお疲れのサラリーマン。
ワケアリの男と女。
子供連れて、心配そうな顔で病院に向かうおかん。

いろんな人を乗せて、タクシーは走っとる。みんなのドラマを乗せて・・・。



          * * * * * * *



「って・・・こんなこと言うとるドラマがありましたね。あれはバスやったかいな?」
ワシは頭をかく。

女はだまったままや。

「あの・・・ワシがこんなこと言うのもなんですけど・・・もっぺんよう考えてみてください。
 せっかく出会えたんやから、そんなに好きなんやから・・・・・」
「運転手さん・・・」

女がようやっと口を開いた。

「止めてください!私・・・もう一度彼と・・・このまま終わりたくない!!」
「そうやで?そう簡単に好きな人をあきらめたらアカンで?このワシが言うんやから、間違いないわ!」

苦笑いをするワシ。

女が乗った場所にほど近い所へ車を走らせる。
ケヤキ並木で女を降ろす。

「ありがとう!運転手さんっ!!」
「ガッツガッツ頑張ってなー?」

笑顔で女は走り出す。
ワシの心にもほんわかとあったかいものが残る。

あと半日がんばったろっ!!ええ一日にしたろっ!!
で、自分にもお疲れさーんと言うてやるんや。

ふと、気づいた。
お客さんっ、お金、もろてへんがなーっ!?

一日一善!!これもまたええ一日なんやろか?
ワシは苦笑いしながら、幾分陽が翳った空を眺めとった。