Physics for Sprint

スプリントのための物理学




はじめに
    
物体の運動も人間の運動もすべて力学的な法則にしたがって成立しています。なかでも陸上競技は記録を追い求めるスポーツ種目であり、記録は物体がエネルギーを与えられ、移動(運動)した結果を表すものです。記録を向上させるには、より大きいエネルギーをより効率よく発揮することが必要とされます。
 
陸上競技の記録は、物理学的に考えると以下のように表すことができます。
 
トラック種目 の記録  競技者が一定の距離を移動するのに要した時間
跳 躍 種 目 の記録  競技者が移動した距離(高さ)
投 擲 種 目 の記録  競技者が投射した投擲物の移動距離
 
いずれの競技種目も、考え方のベースとなるものは、「物体の移動」です。記録の向上を図るには、いかにして効率よく重心を移動させるかということを考えなくてはなりません。





力学の基礎知識
   
専門的なことに行く前に、まずは力学の基本から見ていくことにしましょう。以下にあるものは物理の授業で学習する基本的なものです。力学の基礎知識は、陸上競技に限らずスポーツ動作の分析をしていく上で必要不可欠なものですから、しっかり勉強してください。
 
運動の基本となる単語と量の定義
 
物 質  重さを持ち、空間を占める物 (単位:kg)
空 間  物質が移動した間隔の広さ、または閉めている大きさ (単位:m)
時 間  運動の期間 (単位:s)
   
スカラー量  測定可能な量であって大きさのみを持つ    例 : 体積・時間・質量・速さ
ベクトル  測定可能な量であって大きさと方向を持つ    例 : 力・速度
   
力の作用方向による運動の分類
   
直線運動
回転運動
放物線運動
て  こ
   
速度による運動の分類
   
等速運動
加速度運動


スプリントに関連する力学の法則および公式
     
ニュートンの運動の3法則
   
第1法則 慣性の法則  外力がはたらかない物体は、静止し続けるか、等速直線運動をする。
第2法則 加速度の法則  物体の加速度(a)は、力(F)に比例し、質量(m)に反比例する。  F = m ・ a
第3法則 作用・反作用の法則  物体に力(作用)が働く場合、大きさが等しく、方向が反対の力(反作用)が働く。
   
回転運動関連
   
慣性モーメント  回転運動における回転の状態の変えにくさのこと。
 物体を構成する各質点の(質量)×(回転軸からの距離)の総和が物体の慣性モーメントである。
単振子運動  位置エネルギー(P.E.) : (質量)×(重力加速度)×(質点の高さ) : P.E.=mgh
 運動エネルギー(K.E.) : 1/2(質量)×(質点の速度)       : K.E.1/2mv
   
運動量関連
   
運動量保存の法則  外力の作用を受けない限り、系内で力を及ぼしあっても、運動の総和は一定に保たれる。
  運動量 : (質量)×(速度変化)/(時間) : m(v−v)/t
 衝突  : (質量M・速度Vの物体と質量m・速度vの物体の衝突)
  MV+mv=MV+mv
角運動量保存の法則  外から作用するトルクの総和が0の場合には角運動量は変化しない。
  角運動量 : (角速度)×(慣性モーメント)  :  L=Iω
力積の法則  物体の運動量の変化は、物体に与えられた力積に等しい。 (力)×(時間) : F・t


運動解析の基礎
 
運動は3次元方向(X・Y・Z)の並進運動と、それぞれの方向軸を中心とした回転運動から成り立っており、3次元空間における剛体の自由度は前述の6つの要素から表されます。疾走動作をそれぞれの回転軸(X・Y・Z)方向の運動から表すと以下のようになります。

なおそれぞれの軸は、X軸(前後の水平方向)・Y軸(垂直方向)・Z軸(左右の水平方向)とします。
 
 
疾走動作の3次元解析
 
運動軸と運動の種類 運動の詳細
X軸の並進運動 進行方向への重心移動です。このベクトルの増大は重心を速く移動させます。
X軸の回転運動 体幹の左右の傾きはスプリントにはマイナスです。疾走動作ではY軸を固定して骨盤のみ左右を交互に上下動します。
Y軸の並進運動 垂直方向の重心の上下動(垂直方向のベクトル)ですが、スプリントにはマイナス要素になります。
Y軸の回転運動 体幹の捻れる(上半身と下半身が反対方向に回転する)ことで脚や腕振りを行うことができます。
Z軸の並進運動 疾走においては左右への重心のぶれを意味します。スプリントにはマイナス要素になります。
Z軸の回転運動 回転軸より上の上半身が回転しないでY軸を固定することで、脚の上げ下ろし(Z軸の回転運動)がされます。
 
軸の安定は運動動作を効率的に行うときには重要で、また回転運動を行うときには軸がぶれていては大きな回転力が生まれません。とりわけ、スプリントにおいてはY軸の固定(X軸・Z軸の回転運動の不干渉)が疾走動作に必要な回転運動(Y軸・Z軸の回転運動)を助成するのです。