Analysis of 100m Race
Vol.2 ジョン・スミス氏の理論
Profile of John. Smith | |||||||
ミュンヘンオリンピック・アメリカ400m代表 大学等で20年ほどコーチを務めた後、1997年、弁護士のエマニュエルハドソン氏とともに、HSI(ハドソン・スミス・インターナショナル)を設立。モーリス・グリーン、アト・ボルドン、インガー・ミラーなどのコーチを務める。 |
100mレースの構成 | |||||||
1.加速区間 (Drive Phase) | |||||||
スタートは、できるだけ低くというのがスミスコーチの持論です。HSI所属のモーリス・グリーン選手は、約35°の角度でブロッククリアランスを行います。スタート時に低く出るのは、飛び出し角度が小さいほど(低く出るほど)、水平方向のべくトルは大きくなります。この技術を習得するためのトレーニングとして、HSIではドライブ・フェーズ・ウォークを行っています。これは、階段を低い前傾姿勢で開脚して上がっていくものです。このトレーニングでは、低く出る技術と同時に、この技術を行うのに必要な脚力(筋力)も鍛えられます。たいていの選手はスタート後すぐに上体を起こしてしまいますが、20mまでの区間は低い前傾を保つようにします。 |
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2.移行区間 (Transition) | |||||||
移行区間は20m〜40mの間に疾走時に使用する筋の割合を大腿前面の筋から大腿後面の筋へと移行していく区間です。人が前傾して走るときには大腿前面の筋群を使います。主な伸筋である大腿四頭筋は爆発的な筋力を発揮しますが、その反面持続力はありません。一方、体を起こして走るときはハムストリングを使います。ハムストリングは大きな力は発揮できないかわりに持続性があります。移行区間では、スタート時の大腿前面の筋肉から徐々に体を起こすことで、使用する筋肉を大腿後面の筋に移行させます。 |
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3.疾走区間 (Sprint Phase) | |||||||
体幹の筋力、特に深層筋といわれる部分の腹筋(腸腰筋など)を使って走る技術が要求されます。特にレースの終盤は筋疲労が表れますので、ここで深層腹筋を使うことで膝の引き上げを補助し、スピードの減速を防ぎます。モーリス・グリーン選手は終盤も接地時に反対脚の引き付けが遅れずにしっかりと行われているので、スピードを維持できるのです。 |
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区 間 | 距 離 | 技術面の特徴 | 使用する主な筋 | ||||
加速区間 | 0m 〜 20m | 頭を上げず低く飛び出す | 大腿四頭筋 | ||||
移行区間 | 20m 〜 40m | 徐々に体を起こしていく | 大腿四頭筋・ハムストリング | ||||
疾走区間 | 40m 〜 100m | 体を起こしてリラックスして走る | ハムストリング・腸腰筋 | ||||
HSI選手の特徴 | |||||||
スミスコーチの理論は、スタート時に低く出る技術が要求されるので、体の大きな選手には不向きと言われています。HSIでは、理論を実践するために身長175cm前後の選手に限定して指導をしています。 このスミス理論を実践するためには、特に体幹の筋力が要求されますので、HSIの選手はみなトレーニング中に1日500回の腹筋が義務付けられています。 |
力学的に見たモーリス・グリーンの走り | |||||||
1.ドライブ・フェーズ | |||||||
モーリス・グリーン選手の走りで、どの局面でも共通して見られるものは、接地時に股関節が後方へ伸展している点です。重心を前方へ移動させるのに接地時の股関節の後方伸展は欠かせません。しかし、スミスコーチの提唱する低いスタートにおいては、ブロッククリアランスから後脚の第1歩目の接地まで時間的な余裕はありません。モーリス・グリーン選手は、その条件下でも一旦膝を前方へ引き出してから股関節を後方伸展しながら(脚を引き戻しながら)接地することで地面を上から捉えて重心を乗せているのです。この技術をモーリス・グリーン選手と同様に行うには、脚の引き上げを行うための深層筋と、切り返して接地するためのハムストリングの大きな筋力が必要です。 |
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2.スプリント・フェーズ | |||||||
グリーン選手の特徴は接地後の脚のリカバリーのタイミングが他の選手よりも早いことです。重心の接地後にすばやく脚の引き付けを行うことで次の接地を余裕をもって、しかもスムーズに地面を捉えることができます。脚が流れないことで地面を上から捉えることができ有効に力の伝達がされます。この点に関しては、筑波大学の阿江通良先生(日本陸連バイオメカニクス班)らが「股関節力」というテーマでその分析をしています。ここでは伊東浩司選手との対比をしていますが、モーリス・グリーン選手と比較すると伊東選手は脚のリカバリーが遅れています。これは、伊東浩司選手が接地において地面を掃うようにしているために脚のフォロースウィングが大きくなり、リカバリーが遅れるのです。これは接地時の力の出現時間が伊東浩司選手のほうが長いことからもはっきりわかります。 |