Biomechanics

Sprinting − A Biomechanical Approach

Tom.Tellez







T. はじめに
 
 近年、コーチや競技者が競技においてより競技力を向上させるために、スポーツはいっそう科学的になってきている。最大のパフォーマンスを得ようとするならば、コーチと科学者の双方がこれからの科学的原理を正しく理解して適用することが重要なのである。これらの原理はスポーツ科学、すなわち生理学・心理学キネシオロジーに基づいているこの論説では、後者すなわちキネシオロジーがスプリントに適用されたときの貢献について論じる。
 
U. 運動の力学的原理
 キネシオロジーは、パフォーマンスの土台となる設計図である。この設計図はシステム工学およびシステムの作動を統治する物理的法則から引き出される。それゆえに、バイオメカニクスという用語が使われるのである。人間の身体は、一連のてこの原理を利用するように設計されている。いかなるものであれ、運動が[発生するには 「てこ」 がその軸の周りを回転しなければならない。この前提に基づけば、運動の起源は回転であると言っても過言ではないだろう。運動はセグメント(体節)間のモーメントである場合、すなわち関節(連結部)を持ち、可動範囲が変化した主軸からの 「てこ」 の距離変化させる能力をもった 「てこ」 の場合はさらに複雑になる。

 さて、運動がどのようにして発生するか概観したので、ここでは運動を統治する法則について焦点を当てることにする。ある物体が回転するには二つの力がなくてはならない。それは回転の支点に向かって物体を動かす求心性または遠心性の力と、物体の径に対して垂直に働く法線性もしくは接線性の力である。人間という機械は、力が抵抗よりも軸に近い位置にあると 「てこ」 は運動にとって非常に効率的になる。なぜなら、力がより軸の近くにかけられ、抵抗から離れれば離れるほど多くのトルクがかかるからである。短距離走者にとっては運動の全範囲を通じて 「てこ」 がすばやく動くことが重要である。トルクは 「てこ」 の角速度に貢献する。 「てこ」 の長さが不変であれば、 「てこ」 は振り子のように振れるはずである。しかし、 「てこ」 の長さは変化するので、所定の力に対して角速度も変化する。こうして、角速度× 「てこ」 の長さが軸から最も遠い点での接線速度を生むのである。 「てこ」 を長くしたり短くしたりすることによって、競技者は慣性モーメントを呼びおこす。慣性モーメントの回転の支点から離れるほど、動作を変化させるのは困難になる。線的な加速と同様、角運動の加速も時間で微分した角速度の変化によって生まれるものである。所定の量の力が与えられれば、同じ質量をもったより長い 「てこ」 と短い 「てこ」 とでは短いものの方が速く回転する。ゆえに、長い 「てこ」 を回すには、短いものを回すよりも多くのトルクが必要となる。もし、さらなるトルクがかけられなければ角運動量は維持される。角速度は慣性モーメントが増加すれば減少し、減少すれば増加することになる。角運動量が維持され慣性モーメントと角速度がこのように反比例になることが、優れた短距離選手の条件である。
 
上記の補足   →    角運動量保存の法則 ・・・  角運動量 = 角速度 × 慣性モーメント
 
V. スプリントの力学的原理
 
 上記の事実は、短距離走を助ける内部の仕組みを説明している。さて、次に外部の仕組みについて見てみよう。走動作は、直線運動と回転運動のコンビネーションである。回転運動は、身体の 「てこ」 が身体に対して何をしているかを表し、直線運動は身体の質量が地面に対して何をしているかを表している。ストライドの長さは足の着地と着地の間に重心が移動する距離であり、運動量あるいは質量に与えられた正味の推進力の結果である。ストライドの長さは力を下方および後方にかけることでよく伸びる。

 短距離走の目的は、ピークに達するまで運動量を増加させ、その後それらを維持しできるだけ減速しないことである。推進力は運動量変化の唯一の手段である。ストライドの長さは推進力への反応であるから、ストライドの長さが増加すればスピードが得られることになる。ストライドの長さは、
離地距離空中距離着地距離に分析できる。離地距離は離地瞬時の身体重心と足の水平距離である。身体重心が前方に投射されるときの速度もまた、ストライドの空中期にとっては重要であり、それは着地中の速度の鉛直・水平方向への推進力の割合によって決定される。こうして、適切な身体ポジションおよび離地時の角度とあいまって離地速度を決定する。ゆえに角速度が大きく離地距離が大きければ、推進力を得るときの時間要素が減ずるのでタイムを短縮するのに有利となるであろう。ここで留意すべきは足部の負の速度離地のために身体を起こすが、身体を地面から投射することの結果としての実際の離地にはほとんど貢献しないということである。空中距離はストライドの非支持局面において身体重心が移動する距離である。空中距離を決定するのは以下の要素である。すなわち、離地速度・離地時の重心高・空気抵抗・重力加速度である。着地距離は着地瞬時における着地足と身体重心の水平距離である。この距離は身体を減速させるブレーキ力を減ずるために比較的短い。

 多くのコーチはストライド時間とピッチ時間を混同するが、ストライド時間とはひとつのストライドを完了するためにかかる時間(支持時間と非支持時間)のことである。ストライド速度は、動作中の身体の前後への角速度がストライド時間を決定することによって決められる。ストライド時間とはバイオメカニカルな機能というよりも、生理学的機能(筋線維のタイプ・筋フレキシビリティ・硬度・神経−筋系の連携)である。なぜなら、それは身体の状態によって変化するからである。それでも脚が通る経路は、スピードを生み出すためのあるいはメカニカルな利点を得るためには前述したようなバイオメカニカルなものでなければならない。
 
W. ストライドとピッチ
 
 走速度はストライドの長さとピッチの産物である。各競技者は様々なランニングスピードにおいて、両者の固有のコンビネーションを持っている。多くの競技者やコーチは2つの間には反比例の関係があると結論づけている。しかし、私が考えるにこれらの間には相互依存の関係があり、その関係は克服されるべき抵抗の大きさにかかわっているのである。レースの開始時には身体を停止しており、それを高速で動くようにさせるためには大きな力が必要となる。スタート時には力は後方および下方へ加えられる。この運動はピストン型の運動で、身体を停止状態から前方へ押し出すために行われる。スタート時においては、水平力積は最大となる時間を経て身体が速度を上げていくにつれて減じていく。身体を加速させるのは正味の力、すなわち接地時における身体を前方に押し出す力である。抵抗が最大であるスプリントのスタートに際しては、力がそれぞれを働かせる対象を必要としているから、ストライドの長さを増加させるのは容易である。しかし、身体は停止した状態から動き始めているため抵抗が大きく、脚を一回転させるのに時間がかかるのでピッチは低下する。このため、初期のストライドはピッチが最も遅く短いのである。運動量が増加し、抵抗が小さくなっていくに従い、加速度がゼロに近づいていくのでストライドの長さは一定になっていく。一方、抵抗が小さくなっていくため、ピッチは増加していく。ストライドの長さもピッチの大きさも、筋の発生させるパワー(力×速度)によって決定される。パワーの速度要素が、より大きな仕事(ストライドの長さ)がなされることを許しピッチを増加させる。各ストライドにおいてストライド速度(角速度)を増加させることは重要である。留意すべきは、ストライド速度の増加は支持期において、力を下方および後方に加える時に決定されることである。

 多くのコーチは、ストライドの増加よりもピッチの増加に重点を置くが、ストライド速度が運動を発生させるわけではない。問題は彼らの運動概念とピッチという言葉の誤用もしくは誤解なのかもしれない。ストライド速度とピッチの間には明確な差異がある。ストライド速度は支持期中の角速度であるのに対して、ピッチは1秒あたりのストライドの数なのである。力がなければピッチは意味をなさない。動きを急ぐ必要はないのである。それは、力を犠牲にするかもしれないし、誤用するかもしれない。またはその両方の結果をもたらすかもしれない、ということに注意してほしい。 「てこ」 がより速く動けば、身体がトラックを速く移動できるということにはならないのである。適度にすばやく動こうとするよりも、力を加えるプロセスを大事にすべきである。身体重心をトラックに沿って投げ出すために、力は地面に対して正しい身体のポジションを伴って加えられなければならない。
 
X. スピードを増加する動きとは
 
 ここで再び留意しておかなければならないことは、ストライドの長さは地面反力によって決定されるのであって、着地時の移動距離によって決定されるのではないということである。ゆえに、明らかなことは、力がより多く発生することが、ストライドとピッチの増加という結果を生み出しているということである。各ストライドにおける水平方向の力積は、それぞれの支持期中の運動量の差である。ニュートンの第2法則によれば、力は運動量の変化率であり、ポジティブにもネガティブにも影響しうる。トラックに加えられる力は、水平・鉛直両方向の要素を持っている。このことから、身体のポジションはスプリントにおいては重要な役割を演じている。水平方向の力は身体が地面に着地している間に、腰を足部から押し離すことによって生まれる。コーチの中には、馬がひづめでひっかくような動作でキックする準備動作(preactivation)に重点を置いている人もいる。足部でひっかくことですばやい股関節周りの筋群の伸張効果が得られると錯覚しているのである。膝関節や足関節の過剰な自発的動作は、力の主要な発生源である股関節部分の角速度を減じてしまいかねない。私が最も強調したいのは、力は運動を発生させるがスピードは運動の測定値にすぎないということである。力は股関節周りの筋群から発生させられ、それが足から地面に加えられスプリントという線運動を発生させることに注意してほしい。

 着地においては、脛骨は地面に対してほぼ直角である。身体重心が支点を通過すると、踵は地面に軽く着地し足関節の角度は小さくなる。この運動によって、アキレス腱や下腿屈筋群は伸張され膝関節は屈曲する。結果として大きなキック力を発生させる。膝が最も上がったポジションから、後方へのキックが終了し着地するまで股関節周りの筋群は連続的運動によって伸張するということに留意すべきである。換言すれば、足の着地の際、股関節周りの筋群の伸張が一時的に停止するということはないということである。鉛直方向の力はレース開始時においては、水平方向の力よりも大きい。その理由は、競技者に対して働く力があるからである。鉛直方向の力は、離地時において下方へキックすることによって身体が持ち上げられるときに生まれる。このとき回復脚は引き付けられ、可動装置たる膝関節を越え足は最短経路を通って身体の前方に位置する。このとき、膝関節周りの筋群は伸張する。足の着地の際に、膝関節が伸展して足が負の速度を持つと大腿は下方へ傾斜する。

ストライドとピッチが最大速度を生み出すべく最適化されると、ストライドは急速にすばやく長くなることに注目すべきである。スプリントの2つの基本要素は、ストライドの長さと脚の角速度生み出す力である。脚の角速度がピッチを生み出し、その最終結果がパワーとなる。再び留意しなければならないのは、ヒル(Hill)が述べているように、速く動く能力は、筋を速く収縮する筋線維の量という生理学的機能に基づいているということである。首尾よく競技者が身体を動かす姿勢にとって、重心が運動量を得始めたあとで、足が後方や下方へ向ったままでいると、競技者は転倒してしまうかもしれない。そのとき加速過程では、胸部が循環運動への変化による力学的転移を経ていく。力学的利点を得るためには、 「てこ」 は回復期ではスピードの利点を生かすため短くなる。身体ポジションは地面からの反作用力が、どのように重心に影響するかを決定する。重心は最大速度に達するまで水平・鉛直両方向の比率を変化させつつ加速し、最大速度では加えられている正味の水平方向への力はゼロである。前述したように、地面は身体がスピードを増していき、結果的に着地時間および抵抗の減少による効力が減少すると、より速く後退していく。レースのこの時点では、正味の水平方向への力が負になるまで、競技者はリラックスし、身体重心が身体の運動量によって持っていかれるように努める。スプリントにおいては、可能な限り最長の距離を最短の時間量において加速し続け、それを維持するように努めることが重要である。
 
Y. アーム・スウィングについて
 
 身体を加速させるためには、 「強く・すばやい後方への腕振り」 が必要である。前腕と後腕が弛緩することで、腕振りの機能は肩に由来することになる。腕振りは、その軸上に動く振り子のスウィングに例えられる。この動作の範囲と力は動きと連動している。腕振りの際には、肘と上腕が後方から上方へと大きくスウィングされなければならない。バックスウィングにおいて、肘を大きく振ることによって、より大きなスウィング幅が得られ、このことによってストライド幅は増していく。肘は腕振りのつねに屈曲した(固定された)位置にあるわけではない。脚の動きと同調するように、肘は後方へのスウィングにおいては伸展し、前方へのスウィングでは屈曲している。肘の角度を小さくすることで腕の慣性モーメントは小さくなり、この結果、両腕の動きと両脚の動きに注目してほしい。前方へのスウィング時には手は顎よりも高く位置されず、後方へのスウィング開始時においては、手は肩の高さに位置していることが望ましい。
 
Z. コーチングモデルとバイオメカニクス
 
 ストライドを増加させるにせよ、ピッチを増加させるにせよ、スプリント・スピードを増加させるための方法には様々な議論があった。スプリント・スピードについて考える場合、生理学的には1秒間に得られるストライドの距離に話を限定せざるを得なくなる。優れたスプリンターは、ほぼ同じ程度のピッチを持っていることは事実で、もしそうならば、能力を決定する要素は最も大きなストライドを得られる競技者ということになる。

 支持期中の身体角速度は、角運動を保ち続ければ不随意的に増加する。半径を小さくすることによって、慣性モーメントは小さくなり、それが角速度の増加につながる。理解してほしいのは、脚と腕の両方が同じ時間内で逆方向に振れるということである。それゆえ、必要なことは、ただそれらが下方および後方へのみ力を加えることである(反対の脚のリカバリーは自動的であるから)。リカバリーをよりすばやくしようとすると、推進力を減じることになり、ストライドの長さも減じることになる。適切な範囲で運動することが最善であり、競技者は筋の弾性効果を利用できるようになる。着地直後の伸張期以降はスプリンターができることはなにもない。よい例えとして、Y字パチンコに玉をセットしてから、玉をより速く動かそうとして、打とうとしている玉と手を動かしている様子を考えればよい。この動作は弾力性を減じて、結局動きを遅くしてしまう。 「てこ」 が全範囲にわたって運動を行うようにしなければスピードが出ないというような錯覚がある。しかし、目的は 「てこ」 を速く動かすことではなく、可能な限りの最小の時間で身体をトラックに沿って移動させることなのである。コーチの中には膝を高く持ち上げさせることを強調するものもいるが、それはストロークのタイミングを妨げると思う。主な焦点は力を下方および後方へかけることである。膝の持ち上げや脚の回転は地面へ加えられた力の反作用なのである。

 これらのことから、コーチと競技者は、バイオメカニカルな原理を戦略として用いるべきである。とすれば、コーチの職務は、競技者の生理的状態を変えるということになろう。