Sprint Skill Training

技術系トレーニング



はじめに
 
スプリント技術のトレーニングは、記録の向上に直結する「運動の最大効率を得る」ために必要な走技術の習得を目的としたトレーニングです。技術の習得には、ドリル形式で行うトレーニングが主体となりますが、巷でよく見かけるトレーニングのなかには「的外れの意味のない動作」も多くあります。ただ漠然と行うのではなく、トレーニング種目一つ一つの動きの意味を十分理解した上で実施することが大切です。
スプリントレースは、スタート・加速・スピード維持の局面で構成され、それぞれの局面において必要とされる技術があります。また、トレーニングには一連の動作を通して行う「全習法」、パーツに分けて行う「分習法」、間接的に習得する「補助動作」があります。
 
 
技術系のトレーニングの体系
 
  1.スタート局面の技術   全習法のトレーニング
  補助的なトレーニング
  2.加速局面の技術   全習法のトレーニング
  補助的なトレーニング
  3.スピード維持局面の技術
   (基本的なスプリントの動き)
  主動作のトレーニング
  補助動作のトレーニング
 
 
1.スタート局面の技術トレーニング
 
スタートは水平方向のベクトルがゼロの状態から加速していくものです。静止している物体を動かすには大きな力が必要とされます(慣性の法則)。スタートにおいては、スターティングブロックをしっかり押すことで、ブロックからの反力を得て重心を前方へ移動させます(作用・反作用の法則)。スタートを自動車を用いて説明しますと、ローギア(回転速度は遅いが大きな出力)で効率よく地面に力を伝えて引っ張るものです。

スタートを速くするには 「手足のピッチを速くする = 速く移動できる」 という勘違いをしている選手は多くありませんか?

速く走るということは、重心を速く移動させることです。手足というのは、あくまで体についている付属品ですから、本体が動かない限り、いくら速く動かしても意味がありません。これは、砂場で車を動かそうとするようなもので、エネルギーを無駄遣いしているので早い段階で疲労が現れます。スタート局面で重要なことは、すばやい動きよりも、スムーズな加速です。スムーズな加速とは、その時点で生じている水平方向のベクトルを失わずに接地し、さらに地面から受ける地面反力を前方への推進力として加えていくことです。推進力を求めるあまり、それまでに生じているベクトル(その時点での慣性)を殺してしまっては何にもなりません。
(関連ファイル 「物理学からのスプリント技術」

  
(1)全習法トレーニング
 
 @スタートドリル
 
スタートドリルは、各個人で自分の重心移動、蹴り出し角度、関節の伸展度合い等をチェックしながら行うものです。距離の設定は長くても30m程度とします。それ以上の距離になると、技術以外の体力要素のトレーニングになるからです。また、複数の選手と合わせて行うスタートダッシュと異なり自分のペースで集中して行うことができます。
スタートドリルにはストレートでのドリル(100m)とコーナーでのドリル(リレー・200m)があります。コーナーのスタートでも、最初の8歩程度はストレートでのスタートど同様に走ります。
 
(2)補助的なトレーニング
 
 @スキージャンプ競技のサッツ動作
 
ジャンプ競技のサッツ(踏み切り)動作は、ジャンプ台から飛び出す際に、股関節・膝関節・足関節の3関節を同時に伸展させる技術が要求されます。この技術は、スプリント局面においてはブロックの前脚の運動に応用することができます。

第1段階 まず両脚を平行に置き、股関節・膝関節・足関節を90°に屈曲します。このときに下腿と地面とでなす角度は60°となるようにし、選手の前に介助者を立たせます。ここから、下腿部の上方への延長線上に大腿・体幹・頭部がくるように股関節と膝関節を同時に伸展させます。このときに介助者は選手が前方に倒れこまないように両肩の部分を前からしっかりと支えます。第1段階では2関節同時伸展によって腰が前方に引き出される感覚を養成します。
 
第2段階 第1段階の姿勢に両手を地面についてクラウチングスタイルをつくり、下腿と地面とでなす角度を45°にします。ここから、第1段階と同じように行いますが、ここでは実際のスタートでの飛び出し角度での体の傾斜の感覚も同時に覚えておきます。
 
 A1歩幅跳
 
脚を前後にセットしてクラウチング状態にします。ここから、前脚でしっかり押して重心を移動させるとともに、後脚を前方へ引き出します。
 
 Bすばやいバウンディング
 
上体を起こさずに、10歩ほど地面をしっかり押して前方に進みます。空中では股関節を前後に大きく開いて、重心が最も高い位置にあるときに膝が最も前方に引き出されているようにし、ここから股関節を後方に伸展させながら、重心を接地点上に乗り込ませます。膝が前方に引き出される前に接地してしまうと、接地時に股関節がロックされ、重心の前方移動ができずに膝関節屈曲が大きくなってブレーキをおこします。一歩目を早くついてしまったり、重心をうまく乗り込ませることができない選手には適したトレーニングです。
 
 Cウォーキングドリル
 
HSIでも行っているドリルです。階段を前傾したまま1段抜かし程度に前後開脚して上がっていくものです。前傾角度と重心の乗り込ませかたの修得を目的としたトレーニングです。
 
 
2.加速局面の技術トレーニング
 
加速局面では、加速にともなって同一接地時間での重心の移動距離が長くなり、加速感覚を感じながらの接地時間の短縮が求められます。
 
(1)全習法のトレーニング
 
 @リズムドリル
 
その場でのハイニー動作から、1歩毎に少しずつ前方への加速に応じて接地間隔を広げていきます。このドリルでは、脚の上下運動と、加速していっても最初の膝の高さと脚のピッチを保つように意識を持ちます。スムーズな加速をするために、途中で動きが極端に変らないように注意してください。ミニハードルやケンステップ(輪)を目標物として設置してやるものよいでしょう。
実施距離は60m〜80mを基準とします。
  
 Aデリバリードリル
 
デリバリーとは配達という意味で、キョンシーのように両腕を前方に上げて行うドリルです。このドリルでは腕を上げることで腕振りが使えず、脚の動きのみで前方へ進むことになります。正しい接地とタイミングが合っていないとうまく進めません。
実施する方法は、リズムドリルと同じようにその場ハイニーから加速していきます。スプリント局面の速度に達したら腕振りを入れます。
実施距離は60m〜80mを基準とします。
 
 
3.スピード維持局面のトレーニング
 
スピード維持局面ではトップスピードを維持するための技術が要求されます。すなわち、移動している重心のベクトルを維持するためにいかに接地におけるロスを少なくするかということです。トレーニングは主動作と補助動作のトレーニングに分類されますが、このうち主動作のトレーニングは走りの基本となるものです。前述のスタート局面の技術や加速局面の技術も、この主動作の技術があってこそできるものなのです。レースの局面の順番で最後にきていますが、最も大切なトレーニング要素です。
 
(1)主動作のトレーニング
 
 @スプリントドリル
 
スプリントドリルを行うときの注意点
 
  1.常に股関節を動かします。重心移動は股関節によって行われるので、股関節を動かさないドリルは意味がありません。
  2.膝を上げるときは大腿のつけねから上げる(骨盤との複合運動)
  3.膝関節は膝を上げるときには閉じ、脚を下ろすときに開く。
  4.膝を上げるときには踵が膝の軌跡を追うようにする。
  5.足関節は常に背屈(つま先側を上げる)
  6.接地は足底をフラットにし、足底全体で空中を下に押して接地する。(実際の接地部分は拇指球部)
  7.接地時には接地点上に重心が乗っている。(股関節は停止せず動き続ける)
  8.接地時に支持脚の膝が折れないようにする。
  9.支持脚の接地とリカバリー脚の踵の引き付け完了は同じタイミングになる。
 10.脚の動作はあくまで上下運動(大腿部の振り子運動と下腿部のピストン運動)であって、絶対に脚を振り回さない。
 
腿上げが必要か不必要かというような議論がなされていますが、結論からいえば腿上げは必要です。腿上げが必要なのは次のような理由からです。大腿部を上げる動作(股関節の前方屈曲)をしたからといって、腿上げそのものが重心を移動させるわけではありません。加速は接地時にのみおこなわれます。これは、腿上げを必要ないといっている人たちと変りありません。それでは腿上げをしない走りをしたら、より速く走れるのでしょうか。より速く走ることは絶対スピードの追求でもあります。疾走時の重心の移動速度が上がるにつれて同一接地時間における重心の移動距離は長くなります。すなわち、加速するにつれて接地時間の短縮が必要となりますが、腿が上がらない走りでは、股関節伸展の可動範囲が狭いために、接地前の股関節伸展速度が得られず、地面に対して大きな力を加えることができません。また、膝が上がらない状態では、下腿が膝を開いた状態で低い位置を動くので、脚の慣性モーメントの増大によってスウィング速度が遅くなり、地面に対して力を加える時間が長くなります。これは脚が後方に流れる大きな原因となります。ゆえに、膝が上がらない走りの選手は脚のリカバリーにおいて踵の引き付けが遅れています。これは、脚のリカバリーが地面反力だけでは必要なポジションまで戻らないためです。トム・テレツ氏のバイオメカニクス論では地面反力のみで十分と論じられていますが、高速の重心移動をしていくほど地面反力のみではリカバリーは難しくなります。
腿上げをすることで股関節伸展可動域の確保による接地時の大腿スウィング速度(エネルギー)が増大し、膝のトップの位置から下腿が地面に対して垂直に下ろされることによって大きな力が伝わります。つまり、腿上げというのは、接地のための準備なのです
 
 a.トロッティング
トロッティングはクラブによって、いろいろな方法があると思いますが、もともとは小刻み走という意味のトレーニングです。
その昔は踵の踏みつけが主流でしたが、現在では足底をフラットにした踏みつけ(ストンピング)が主流になっています。
トロッティングは支持脚は伸ばし反対脚の足首を支持脚の膝の高さまで上げ、半足長ずつ前進していきます。
膝の上がりが少ないので股関節の可動範囲も小さいですが、しっかり動かしましょう。
地面を上からとらえる(下腿部の垂直接地)ことと、接地点での重心の乗り込みを重視します。
1回の実施距離は20m程度です。
 
 b.ピックアップ
 
トロッティングの動作を大きくし、膝を閉めながら上げ、踵を最短距離で大腿つけねまで引き付けます。
前方へはトロッティングと同じく半足長ずつ前進します。
トロッティングの動作をそのまま大きくするとハイニーになりますが、膝の開きが治らない選手は、この動作を行うことで矯正します。
1回の実施距離は20m程度です。
 
 c.ハイニー
 
膝の後を踵が追う軌跡を描くように膝を閉めて上げていきます。
膝を下ろすときの脚の動作は、大腿部は振り子運動なのに対して、下腿部は振り下ろしで膝が開くことで地面に垂直になり、接地点で重心を乗り込ませます。
前方へは1足〜1足長半ずつ前進します。
これが疾走時の最終形態になりますので、腰が落ちないように注意しましょう。
 
 Aミニハードルドリル
 
ミニハードルドリルはスプリントドリルの動きを、目標物(ミニハードルを20台程度)を設置して行います。
ミニハードルの高さは約15cm以内にします。ハードル間は目安は40cmくらいですが、身長や体格に応じて調節してください。
このドリルは正確な動きと接地技術の養成を目的としたトレーニングですから、ハードルに触れたり蹴飛ばしても気にする必要はありません。
 
 
(2)補助動作のトレーニング
 
 @動きを強調するドリル
 
 a.トム・テレツのリラクゼーションドリル
 
前述のデリバリードリルと似ていますが、デリバリードリルが腕を前方に上げるのに対して、リラクゼーションドリルは両腕をだらりと体の横に垂らした状態でハイニーを行うものです。
テレツのドリルではハイニーを行う区間を幾つかに分け、両腕を垂らした「リラクゼーション区間」と腕振りも入れた「アクティブ区間」を交互におきます。
上体の力を抜いて正しい脚の動きを作ってから腕振りを入れると効果があるわけです。
1区間は5m程度で3回程度繰り返し(6区間)します。
 
 b.ダウンステアーズドリル
 
階段のように段差のあるところを1歩ずつ下りながらハイニーを行います。
段差のある分だけ接地時に重心を乗せやすく、重心をうまく乗り込ませることのできない選手の矯正に適しています。
段差は5〜10cm程度が最適で、これ以上高低さがあると接地でフォームを乱しやすくなります。
また、下り斜面は接地面が斜めなので適しません。
 
 c.両足の接地時間の短いスキップによる膝の引き上げ
  
タタッ、タタッ、というスキップ動作の左右足の接地の間隔差をできるだけ少なくし、接地後すばやく上昇しながら膝を引き上げます。
地面半力を利用したリアクションタイムの短縮を狙いとしますが、プライオメトリックス的な要素も含まれます。
 
 A柔軟性を高めるドリル
 
 a.ウォーキング・レッグランジ
 
膝を閉めて引き上げてから前方に大きく踏み出して接地後に、前脚と後脚の間に重心を落とします。
このときに上体が前かがみにならないようにし、後脚の大腿つけね(腸脛靭帯)が伸びるようにします。
 
 b.ウォーキングによる回旋ドリル
 
 内旋・・・膝を真横に大腿が地面と水平になる程度に上げ、次に脚を内旋して膝を正面にもってきてから接地し前進します。
 外旋・・・膝を正面に大腿が地面と水平になる程度に上げ、次に脚を外旋して膝を真横にもってきてから接地し後退します。
 c.スキップによる回旋ドリル
 
ウォーキングの回旋ドリルをスキップにて行うものですが、支持脚のスキップを用いて反対脚の膝を「前→横→前」の順番に上げ下ろしを行い、脚を交代します。
 
 
スプリント・パフォーマンスにはマイナスの動作
 
スプリント技術のトレーニングはスプリントパフォーマンスを向上させる目的でおこなわれるのですが、なかには目的に反してパフォーマンスを低下させたり、逆効果になったりするものもあります。以下にあげるものはその代表的な例です。
 
1.やり方をまちがえると逆効果になる動作
 
 @ウォーキングによる腿上げ動作
 
ウォーミングアップの一環として、膝の上がる高さや接地するときの接地角・接地位置を確認する意味で行うならよいのですが、膝を上げるときに支持脚の足関節を底屈させて伸び上がったり、接地後に反対脚をあげるような神経系のプログラミングをしてはいけません。
また、膝下を振り出して回す動作などは絶対にしてはいけません。
 
 A接地時に動きを一旦静止する動作
 
接地時の重心の位置や姿勢を確認するための動作なので、動きを止めること自体が主目的にならないように注意しましょう。
また、静止した状態で片足立ちのまま数歩移動する動きはまったく意味がないのでやめた方が賢明です。
 
 B片方の膝の引き上げを強調する動作
 
接地と引き付けが同じタイミングになるようにしますが、引き上げのみに気をとられて接地が疎かにならないように空中でのシザース(脚の切り替え)をしっかりやります。
キック時に腰を入れようと脚を後方へ蹴り出さないようにしましょう。これは脚が流れる原因となり次の接地に間に合わずブレーキになります。
1995年の関東高校選抜合宿(千葉県)では、腰が入るまでしっかりと地面を押して走ることを強調している先生がいましたが、こうしたまちがったことを教えられては困ります。
  
2.やらないほうがよい動作
 
 @膝の位置を固定して踵のみを引き付ける(巻き込み)動作
 
踵は直線的に引き付けられるのであって、一旦踵の巻き込み動作を行ってから膝を前方に出そうとすると膝の出るタイミングが遅れ、膝の出る頃には既に接地のタイミングになるので、下腿を前方に振り出しながらの接地になり、ブレーキを起こします。
踵が引き付けられるときには同時に股関節の前方屈曲も起こりますから、この2関節(股関節・膝関節)が同時に動く神経系のプログラミングが必要で、それに反したドリルはやるだけ無駄です。
この動作は、特に初心者に教える場面でよく見かけますので、小・中学生の指導者の方は注意なさってください。
 
 A膝を伸ばした状態で脚を前方から引き戻しながらのキャッチング動作
 
膝を伸ばして脚を棒状にした状態での脚の引き戻しは、疾走時の下腿の接地角度と異なります。膝を伸ばした状態では下腿部まで振り子運動をするために地面反力を逃がしてしまいます。
また、この動作をしようとすると脚を前方に振り出すために、バランスを取ろうとして上体が後傾してしまいます。接地においては重心が接地点上に乗り込んでいかなくてはならないところを、これでは重心が十分に乗ることができません。初心者ほどその傾向が強く表れています。
 



(以下工事中)