魔女を憐れむの歌 2篇

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 時として直感は恐ろしいほどに的を射てしまう。
その女と眼が会った瞬間、ゾッとした。 眼だけが生きているが、顔全体が鉄面皮なのである。

 あたりをうかがいながら次々と煙草に火をつける。 何本も何本も吸い続ける。 酒は飲むが、あまり食べ物を口にしない。 そしていきなり
 「ここの牛レバ刺しはおいしいの?」 と来た。
 「まずい物を平気で出している店もあるじゃない。」
 俺は静かに
 「大丈夫です。」 とだけ言った。

 女はそれを食べた。 うまいとも、まずいとも言わずだまった。 一時ほどいただろうか。 勘定をした。 領収証をくれというから書いて差し出した。
すると、明細を書けという。 少し間をおいて気持ちを冷静にして、一つ一つの明細を記した。 すると、今度はその明細を計算しろと言う。
 「だって、信用できないでしょ。」

 俺は改めて、その女の顔を見た。 絶望的なほど、無表情で鉄面皮そのものだった。 怒りでふるえる指先で電卓をたたき、提示した。 女はその数字を一瞥すると出口から去って行った。

 客のほとんどの人は、その一連のやり取りを確認していた。 女が消えた去った一瞬、店の中は静まり返った。 そして、女が座っていたあたりに生あたたかい、ドクダミのような蛇香の匂いが漂っているように思えた。

 女は生身の人間ではない。 隠靡な蛇の化身なのだと、無理矢理言い聞かせた。

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 「ねぇ、一緒に暮らそうよ!」
と言っている男は、少し酔っている。
人の好さそうな30も半ばの分別のある男のように見えた。

 「おい、駄目だよ。 その女、お前さんには向かないよ。
 冷静になりなよ。 ダンナと別れて、一年足らずだぜ。 小学4年生の男の子がいるって知ってのことか。
 互いに惚れ合っていたって、連れの子供まで好きになれるか。 世間にはおぞましい虐待の話がいつ果てるともなく繰り広げられているだろ。 お前さんに、それほど深く大きい慈悲と寛容の心があるとは思えないけど。
 大丈夫だと言ったって、人の心は移り気なものさ。 だいいち、アバタもエクボだぜ。
 お前さん、美の基準を放棄してねぇか。 美は乱調にありじゃぁねぇんだよ。 美は清楚と麗しの中にあるんだよ。
 デカイ声で酔っぱらって、大口あけて喋りまくる女でいいのか。
 お前さん、まじめにコツコツ働いて、やっとの手取り30万、女がほざいてる、ベンツを買ってくれなんぞ、聞き入れてやれるか。 その女、ベンツよりトラックの荷台のほうが似合ってねぇか。
 悪いことは言わねぇ。 ひとりで生きるんだよ。 難題を背負うことはねぇ。 得体の知れぬ、魔女から身をお引きなさい。
 因果応報、女の荒々しい業は、その女のはるか何代もの何代もの時を経て培われたもの、お前さんの愛や力ではとても及ぶものではない。」

 と、俺の無言の忠告は虚しく散った。

 男と女は、手をつないで店を出て行った。 いまごろ男は、大きな口で喰われてしまったかも知れぬ。


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