タランティーノと過ごしたならず者の正月

 年末に観て、年明けて又観た。 どうしても観たかったから、同じ作品を二度もロードショーに行った。

 ドキドキ、ワクワク、ソワソワ、イヂイヂ、そして最後にドカーンと大団円が繰り広げられる。 失語症に陥るほどに激しく揺さぶられた。 面白い。

その名も“Inglourious Basterds”、ならず者達なのだ。 

“なのだ”と大見得を切ってもまだ足りない。 映画の持つ快楽がはじけんばかりに詰め込まれている。 道徳の基準を持って観る類いのものではないから、悪も正義も話を盛り上げる材料でしかない。 当然えぐい残虐がある。 バットで殴る。 頭の皮を剥ぐ。 ハーケン・クロイツを額に切り刻む。 日本人の情緒にそぐわない。 肉食人種の血に塗られた破壊と闘争の暗澹たる歴史がそこにはあった。

 ユダヤの民のナチズムへのむき出しの憎悪が血しぶきをあげ、スクリーンいっぱいに展開されていく。 この映画、ドイツ人はどう観るのか。 又、復讐を次々と完遂していくユダヤの民は大爆笑しながら喝采するのだろうか。

 監督タランティーノは完膚なきまでにヒットラー一味をたたきのめした。
 そして、俺は何故にこんなにワクワクしたかを考えた。 いじめられた弱き者が強大な力を持つ者に復讐する単純な図式に酔っただけなのである。

 そして、俺は閑散とした正月の街でも営業していた安酒場の戸を開けた。 カウンターだけの30人程入ればいっぱいの店だった。 すると見知らぬ男がやわらかい顔で「オーイ、ここが空いてるよ。」とばかりに手招きするのである。 他に空いている席がないから、その男の隣に座らせてもらった。 少しだけ会釈した。

 「よかったね。ちょうど話し相手が欲しかった。」と酒に赤く染まった、やけに親切で、愛嬌の過剰な男が語りかけてきた。 つまらねぇ、どうでもいい話に相槌をうちながら、俺はチビチビと酒を飲んだ。 店はほぼ満席で、酒と煙の喧騒が漂っていた。

 ふと気づくと隣の男がいなくなっていた。 トイレにでもと思ったが、いつまでたっても戻ってこない。 そのうちに店のおばさんに
 「お連れの方はトイレですかねぇ」と言われ、俺はすかさず
 「この男はお連れではありません。 俺はひとりですから。」と言った。
 「あれ、まあ、やられちゃった。」

 おばさんは舌を鳴らした。 そう隣にいた男は無銭飲食の逃亡者だった。 ナチに立ち向かうならず者もいれば、酒の二、三杯をかっぱらう、せこいならず者もいる。
 俺は逃げ去った軽快なかっぱらいに少しだけエールを送った。

 “こごえ死ぬなよ”と。。

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