圓照寺から月修寺へ

 先日、新宿高島屋で催されていた山村御流いけばな展なるものに出掛けた。 いけばな展と自分の身の程がどんなに不釣り合か承知している。 今日は知人の大山通草さんの作品にぜひ触れておきたかったのと、その流派の息吹がどうにも気になったからだ。

 会場の入り口の圓照寺解説にこうあった。

 「1640年、後水尾天皇の第一皇女(文智女王)が出家し草庵を結んだ。 これが圓照寺の始まりで、後々 奈良の山奥に移り 奈良市山町の地に・・・・」

 この圓照寺という寺、綾倉聡子が世を捨て 身を隠した尼寺に違いない、と直感した。 が、寺の名が違う。

 この尼寺から この山村御流といういけばなが始まった。 そして、この尼寺の門跡が代々この家元を継いでいるという。

 「花は 野にあるように」 という理念に支えられているように、それぞれの作品はもとより、その会場のしつらえからして素にして質実である。

 華美な装飾性を徹底的に除き、自然に生きる草木を そのままに眺める趣なのである。奇をてらって花の物量で勝負している どっかの花師とは全く異にしている。 切れ味の鋭い緊張がただよっている。

 会場の外で 大山通草さんと酒を楽しんだ。 そこで俺は 通草さんに訊ねた。
 「昔、俺のほれた女で 綾倉聡子って女がいたんだけど、そのひと、奈良の山奥の尼寺に隠遁してしまったんだ。 だけど、寺の名が違うんだ。」

 「その人、大澤さんと どんな関係なの。」

 「だから、惚れてた女。」 でも 「片想い!」

と言うのはまっかな嘘でして、綾倉聡子とは、三島由紀夫の最後の長編小説 「豊穣の海」 全4巻の主人公 松枝清顕(まつながきよあき)の若き恋人として登場する。 最終第4巻の 「天人五衰」 の末尾に 六十年の歳月を越えて再び現れる。 そして、その小説のテーマである 輪廻転生 を少しだけの言葉で、的確に、

「いいえ、本多さん、私は俗世で受けた恩愛は何一つ忘れはしません。 しかし 松枝清顕さんという方は、お名をきいたこともありません。 そんなお方は もともといらっしゃらなかったのと違いますか? 何やら本多さんが、あるように思うてあらしゃって、実ははじめから、どこにもおられなんだ、ということではありませんか。 どうも そのように思われてなりません」 と月修寺の門跡は語る。 

圓照寺 山村御流いけばな展の通草さんは 「やっぱり大澤さんは導かれて、ここにいらっしゃたのよ!」
「まさに 月修寺は 圓照寺です」
と通草さん、快活に返してくれた。

その通草さん、世をはかなんで月修寺に入ってしまうことはないけれど、うつつ身は綾倉聡子よりいい女なんだ。 本人を見せるわけにはならぬので、その代わり作品をお見せする。



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