未来へのお買物

 大震災の一月程前のことだった。 婆娑羅30周年記念のパーティを吉祥寺の第一ホテルで催し、150人程の方々に来場いただき、大いなる祝福をいただいた。 美しく着飾った老若男女の宴は2時間であっという間に終了した。

 「次はいつですか。」 「40周年楽しみにしています。」 などと言われたが、俺は即答しなかった。 どだい、未来が分からないのに、10年後に店が存続している保証などない。 あの大震災と津波は人間の暮らしと生活を一瞬にして強奪した。 世界の明日なきと、天変地異の暴力を、ざまぁみろとばかりに見せつけた。
俺は悶々と暗い心持でひたすらに暮らしていた。

 と、ある日の新聞の片隅に Rolling Stones 結成50周年記念Whisky 限定50本販売 の記事を見た。 10代の頃から Rolling Stones にはRollingされ、言い知れぬ計り知れぬパワーをいただいた。 そうだ、これだ、とうながされた。 俺もその50周年にあやかろう。 30周年は終わった。 40周年はいらない。 50周年を狙い、射止めることだ。 肉体は綻び、気力は萎えるかもしれぬが、50周年へのシンボルとしてそのWhiskyの購入を決断した。

 10月末日、重々しい荷物が運ばれてきた。 黒い紫檀の箱、扉を開けるとクリスタルのきらびやかなボトルが現れた。 その王冠には“ベロ・マークがほどこされ、何から何までが Rolling Stones だ。

 もとより、俺はコレクター趣味などないから、部屋に飾って、ひとり愉悦にひたるなどしない。 とにかく 今 買っておかなければということだけだ。 18年後の50周年パーティで、そのボトルはあけられる。

 「その時、もう世の中にいねぇんじゃないの。」と、息子が言った。
 「そしたら、お前があけれぇばいい。」
 「いや、俺なら換金して現金で遊んじゃうかもしれないぜ。」

 ああ、それはそれでよい! 俺の人生の最後にまだつまづきが用意されていたということだ。
 己が性の拙なきを嘆けばよい。
 果たして、1本50万円なり、高い買い物だったか、安い買い物だったか。
 18年後だ。



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