Blonde on Blonde

 若いくせにやけに落ち着いている。 ひとり酒を飲む所作が出来上がっている。 ずいぶん老成した若者も世の中にはいるもんだなあと感心した。
 その日はいつになく閑散としていて、数人のお客さんがいるだけだった。 初夏の夕暮れ時はさわやかで涼しい。 開け放たれた窓からは心地よい風が流れる。

 窓の外を眺めながら、老成若者はうまそうに酒を飲んでいる。 と思ったら、老成若者は目に涙をためて泣いているのである。 俺はそれを見逃さなかったのだが、次の瞬間、老成若者と目が合ってしまった。

 「あなたなら そんな時どうしますか?」 いらぬ節介と承知しつつも
 「どうした!」 と考えるよりも早く、その言葉は口をついてしまったのだ。

 「このアルバム、僕の死んだ父親がいつも聴いていたんです。」

 それは1966年発表のボブ・ディランのブロンド on ブロンドであった。
 今どきの若者が知っているわけない古い古い懐かしの名盤なのだ。 老成若者はその父と出掛ける車の中で、いつもいつも聴かされてたと言う。

 「ボブ・ディラン好きなお父さんって さぞかし恰好よかったんだろうな!」

 「はい、とんでもなく恰好良かったです。 なにしろ髪の毛はないし、超近眼だし、お腹は出てるし、おまけに胴長、短足、それでもって無口。 ボブ・ディラン聴くより北島のサブちゃん唸っていた方がよっぽど似合っている父親でした。」

 老成若者は恥ずかしそうに、涙をぬぐいながら つぶやくように語った。

 父親の他界の理由はあえて訊ねない。 悲しみの酒にならないように、話はボブ・ディランにとどめた。

 「君ぐらいの年でボブ・ディランが好きだなんて、友達いないだろう?」 

 「親世代から継承されている沢山の事の一つなんです。」

 俺にも一人、息子がいる。 その男はこの俺から 何を継承するのだろうか。
 老成若者は魂の深きところにボブ・ディランを、父の輝ける思い出とともに刻んだ。

 老成若者が胴長、短足だという父親を語っている時、彼の口調はなぜか誇らしげであった。


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