エディット・ピアフ再来

  「僕、フランス語わかるからシャンソン大好き」なんて気取った野郎がいたら、ワインを頭からぶっかけたい衝動にかられるくらい、お上品なフランス気分は好きになれない。
 フランス語が喋れて、フランス文化が大好きで、フランス人の友人がいて、印象派の絵画に造詣が深い。 ああ、何て羨ましいことか。 俺にないものばかりで、目をそむけてしまう。

 シャンゼリゼなんてどうでもよい。 エッフェル塔より東京タワーだ。 セーヌの流れより隅田川の花火だろ。 ヴェルサイユ宮殿に行くのなら伊勢神宮だろ。 ニースの海岸だったら江の島、湘南の太陽だろ。 エイッ ついでに言えばJ.P.サルトルだったら鈴木大拙だろ。 ド・ゴール大統領だったら吉田茂首相だろ!っと。

 我に返って、俺ってこんなに超保守だったっけと自分にあきれる。 まあ、人間 年取ると皆 一応に保守に流されるものさ。 死んで50年もたつエディット・ピアフに今になって心ふるえるのも詮ないものとしよう。

 そんな、こんなを思っていた8時半ごろに中年のカップルが来た。 夫婦ではないが仲良しの仲間という雰囲気だ。 男は物静かな紳士だが、女のオーラはいったい何者といった風情だ。 若き日の岩下志麻を彷彿とさせる。

 ほどなく時がたって、どちらからいらっしゃいました と 質ねた。
 「僕は渋谷から」と紳士。
 次にオーラの岩下志麻は
 「私、パリから来たの!」
 俺は大きく合点した。 やっぱりパリジャンヌは違うなあ。 スッピンの面構えがやけに艶めかしい。 姿勢がよい。 そして、そのはず、パリジャンヌはダンサーだった。 バレリーナではない、舞踏家だ。 身体表現する人、まあよくわからないが そんなところだ。

 俺はバカな質問を投げた。
 「パリの人はいまでもエディットピアフを聴いてるのかなあ」
 「じゃあ、日本人っていまでも美空ひばり聴いてるの?」
 「いまのパリの人はZAZ(ザーズ)に入れ込んでいます。」 

というわけで、俺もそのザーズの新譜CDを手に入れた。
 パリジャンヌの予言どおりに、そのCDはエディット・ピアフの再来だった。
 ザーズという名の若き歌唄いは、まさにシャンソンの王道を唄い上げていた。 知性も教養もないから ちょいと聴いただけでザーズに惚れ込んでしまった。 岩下志麻風なパリジャンヌに惚れ、その女がお薦めする音楽に惚れ、俺って何て軽い野郎なんだと思われてもしょうがねぇな!
 「だから、友達がいねぇんだよ!」

追記、ここだけの内緒の話だけど、実は俺にはフランス人の友人がいるんだ。 正確にはいたんだ。
 もう、ずいぶん昔に死んでしまったのだが、俺達は魂の深きところで、互いに認めあっていたんだ。 いまでも、その男は俺の心の力強い支えとなっている。 男の名、ムッシュ・ムルソー。 知る人ぞ知る。 

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