夏草むしり

 お前の趣味って何よ? と問われると、即答できない。
 
 音楽 好きだし、本 好きだし、酒も 好きだ。 それを趣味としてくくれないのは、生きている事と同じくらいに自分の中に息づいていて、ぐちゃぐちゃに絡まって、溶け込んだりしている状態だからだ。

 世の中には立派な会社人間として大きな仕事を成し遂げて、しかも、道楽などと軽々に言ってはならぬほどの趣味人がいる。
 ああ偉いなぁーと感心するばかりで、俺と言えば燃え盛る熱情をふりしぼって芸事に打ち込むなどとてもできない。
 趣味ですから、と軽くいなして、キリマンジャロに登ったり、道楽ですからと言って、ライブハウスでチャーリー・パーカー並みのサックスを吹いたり、運が良かっただけですよと言って、書道展に出品して賞を取ったりしている人がいるいる。

 何をやってもそつなくこなし、器用にやさぐれて二足のわらじをはく。 俺も趣味ってやつを真剣に思うトシ(もう遅いか)になったのだ、とぼんやり庭先を眺めると、七月の雨と暑さで細かい緑の雑草が、そこかしこに活躍しようとしている。

 ぼんやりとか、おぼろげとか、そんな了見は蹴散らして、さっそく庭に出た。
 家の北東側に小さなお稲荷さんがある。 まずはそこからだった。
 結構な夏草に覆われ、「よしっ!」とばかりに気合を入れてむしり始めた。

 前夜のにわか雨を含んだ土はやわらかく、細い草はよく抜けた。 親指と人差し指で草の根元の少し深みをつまみ、ヒョイっと草をぬく。 夥しい草の群れに体を沈め、土にひれ伏してどんどんと草を抜いていく。 つまみ、むしり、ぬく。 つまみ、むしり、ぬく。 その行為は何やら呪文に導かれ、我を忘れ、時を忘れ、腰痛から解き放たれ、思いがけぬやすらぎを、そうか、もたらしてくれるのである。

 草むしりは地への奉仕なのか、と思えた。 仏となったお袋は草むしりが上手だった。 お袋が草むしりをしてくれた小さな庭は美しく甦っていたなぁー。 どうしたら あのようにきれいに草むしりが出来るのだろう。 ああ、生きている時に聞いておけばよかったのになぁ。

 束の間 感傷に沈んだが、俺は再び つまみ、むり、ぬく の呪文の世界に没頭していった。 あと何回かの夏を過ごした頃、俺はお袋を越えた 草むしりの名人になっているだろう。

 お前の趣味って何よ? と問われたら 「草むしり」 と答えよう。

 情けなくたって 笑われたって 「草むしり」 と極めるのです。

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