悲しい酒

 笑って楽しく飲んでいるのかと思いきや、一瞬にして顔つきが変わり、泣き出したり、怒ったりと忙しい女の酔っ払いがいた。 が、近頃はたいへんお行儀がよろしく洗練された酒好きの方が多い。

 その代わりかどうか知らないが、元気すぎて、いばりん坊の若者が目立つ。 俺は若者が好きだから、勇ましかったり、張り切ったりの若者がいても、よほどの横暴がない限りはなるべく寛容の心でいるようにしている。

 先日、客として よその店に飲みに行った。 運悪く うるせい酔っ払いに遭遇してしまった。 俺は店の人の様子を待った。 まったくとりなす風ではなかった。 どんなにいい店でも、取り仕切りの出来てないところでは うまい酒は飲めないから速やかに店を出た。 だからと言って、客の俺がヒーローよろしく

「その酔っ払い、うるせえぞ!」

と、やってしまったら 必ず 喧嘩になってしまう。 だから 客の取り仕切りは店の人間の役目なのである。

 ある日、二人の若者がやって来た。
元気で、ハキハキして礼儀正しくもあり、申し分のないよき青年であった。 唯、少し丁寧すぎるところがあったが、仕事柄そのように振る舞うことが身についているということなのだろう。

 人間、やましき者は無闇矢鱈とお喋りをする。 弱き者は忙しく吠える。 そんなことは客商売をしていれば初見でわかる。

 よき青年二人は まもなく崩壊した。

 上司に対しても、対客人に対しても 丁寧で礼儀正しく、物腰やわらかく、それが本物であれば慇懃にはならない。

 残念ながら、若者はお喋りが乱暴になり、そこにいない上司への暴言がはじまり、自分を失ってしまった。 酒によって その若者の内なる暴力が引っ張り出されてしまった。 言うまでもなく、俺はそれ以上の酒は出さなかった。 そして速やかに店の外に出ることを促した。

 ああ、この勇ましき若者達を叱咤激励し、なだめ、おだて上げ、時には谷底に突き落したりと、色々な方策でもって一人前の会社人間に作り上げいく上司様、本当に大変なことだと同情申し上げたい。

 ふつつかながら、酒場は愚痴と暴言の捨て場と心得よである。
 

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