永峯式骨経絡矯正

 人間が二足歩行に至った結果、腰痛をいただき、二足歩行をしないでかたくなに四足歩行を守り、進化を拒んでいる生き物には腰痛はないという。 

 今さら四足に戻ったって、生活は二足用に基礎から作り上げられているのだから、二足で生き続けるしかない。 腰は肉体の中心にあるから、文字が表わしてのとおり要(かなめ)だ。 座ったって、立ったって、歩いたって、なんてったって要だ。

 そいつがいつの頃からか痛み出し、時には立ち上るのも難儀なくらいにひどい時がある。 整形外科に行って痛み止めと貼り薬とマッサージでもって、その場を持ちこたえる
その繰り返しが何年も続いた。 寄る年波ということに加えて、お袋の介護も起因していたかもしれぬ。 でも介護が終わっても腰痛は消えなかった。 であるなら何故だということになる。

 いかにも頑強そうな体育会的肉体のその若者は、よく喰い、よく飲み、いくら飲んでも酔っぱらっている風情がない。 平然とニコニコしている。

 「婆娑羅の酒は濃いめの造ってるんだ。 少しは酔っぱらった風を見せろよ。」と、その平然が気にくわねぇから軽くからんでやった。

 「大丈夫です。まだまだたっぷりいけますから、安心して下さい。」と来た。 けしかけた俺が浅はかだった。 その男100k級の元柔道選手だった。
 いくら喰ったって、いくらの飲んだって、激しく鍛え上げた肉体がなんなく咀嚼し、吸収し、包みこんでしまうのである。

 ニコニコ顔の軟弱な面がまえなのに、きちんとシンメトリーにできている。 戦いをこなしてきたスポーツ選手の痕跡が まだ その顔にはあったのに、社会人らしき 厳しさが感じられないのである。

 「仕事なにしているの? 会社人間ではないでしょ?」
 そしたら、若者、ふくよかな大きい両手を勢いよく広げて、縮めてを繰り返した

 「わかったぞ、手品師だ!」と、返してやった。

 若者は大きくうなづいて、両手を静かにおさめた。 その手は人間の肉体の隅々まで揉みほぐし、完治しない いわれなき痛みをねぎらう。 その技は一見、非科学的なようではあるが、両手の謎、察知能力は見えない痛みの世界へ分け入って行く。 俺は老いぼれた肉体をその若者にゆだねた。

 以来、整形外科への通院はなくなった。
 どうよ! 手品師、ペテン師の手練手管に、まんまとはまっただけよと思われる方は、その優しき若者に体をあずけよ。
 鍼、灸、あんま、手もみ、などの世界はどうも抽象的だなと、まったく経験をしてこなかった。 それに俺の体は他人の手でもって、触られたり、揉まれたりとされると、こそばゆさばかりでやりきれない。 こそばゆさを乗り越えて、謎の手に体をあずける。

 実は謎の手と言っても、現実は色々な国家検定を通過していなければならぬということでした。 

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