初夢 正夢

 もとより英雄・豪傑の血筋にない人間だから暮らしも地味、お付き合いをした女性も地味、だからどんなに逆立ちしてもジャコモ・カサノヴァのように「我、生涯に千人の女とたわむれたゾ」 などとは夢のまた夢。 うらやましき、その旺盛な活力と財力。 身のほどをわきまえているから、あやうい女には近づかない。 静かに眠っているふりをして物陰にひっそりとしている。 正月もふとんをかぶって眠る。
 すると、どうだろう、オレのナオミちゃんがやってきた。 カバンにいっぱいの本をつめこんで、「読むだけでヘトヘトになるのに、これを理解してレポートに書いて来いだって!」 「日本語じゃなくて英語とフランス語よ!」 俺の前にどっしりと座り、ボロボロ泣きながら読んでは英語の答えを記し、次にフランス語をうめきながら答えを記す。 もう眼は充血し、貧血でたおれそうなくらいにお腹もすかしているのに勉強をやめようとしない。 ページをめくる、次の瞬間ページをやぶり、くしゃくしゃにした紙をそのまま口の中におし込んでいるのだ。 「やめろ!」と叫んだ。 俺は手を思いっきりかじられた。 あまりの痛みでその夢は一瞬にして飛んだ。

2019 New Yearの年賀状に 瑛生(はな)さんの愛らしい写真があった。 尚生(ナオミ)ちゃんはお母さんになっていたのだ。 趣味:ギョウザ包み 長所:泣きベソ 好きな事:ブルース

 妙な所に登場したなあ。
 30年も前の話

 「俺、先月からテニススクールに行ってるんだ。 今度、いっしょにテニスしようよ。」 その娘はニッコリ笑ってうなづいてくれた。 ラケットのかまえ、ボレーの時の足の流れ、ストロークのにぎり方、テイクバックなど、テニスにおけるはじまりをやさしく、ていねいに、時に体と体があぶないくらいに接近しても、熱心に教えてくれた。 テニスのレッスンは続いた。 あぶないテニスにならなくて残念ではあったが、 その娘はまもなく霞ケ浦近郊の田園地帯で米作りに汗を流しているというタヨリをくれた。 そうさ、人にはよりふさわしい姿がある。 テニスのラケットよりカマやクワの方がよほどナオミちゃんにはふさわしく勇々しい。 いまいずこナオミさん。

 この正月の夢ははなやかで躍動感にあふれ、他人事だとしても、ほっとくわけにはいかない。 いちいちを検証・精査してどこに俺との接点があるのかを見定めたい。 それが人情というものだ。 だのに、ただナオミという女の子の友達がいたというだけで心が乱れる。 騒ぐ。 新春の初夢はまさゆめである。
 優勝者としてメルボルン、アリーナのセンターコートに立ち、たくさんの喝采をあびながらも声を小さくして
  「アー、オジイチャン、オタンジョービオメデトウ」 とつぶやく。 誰もがいだき、誰もが送ることができる、小さな心のことばがこんなにさりげなくささやかれたことを知らない。
ああ、根室の「オジイチャン」がうらやましい。

 いつの日か、俺にもそんな幸運がめぐってきて、
  「バサラ ノ オジイチャン オメデトウゴザイマス」 ということに。 
ならねぇな!


                      2019.1
                       大澤 伸雄

トップページへもどる

直線上に配置