消えたフランスの旅

 令和2年の5月9日に出発する予定のフランス旅行はアレヨアレヨという間にコロナウイルス禍にのみこまれ消滅した。 食べたいツブアンのまんじゅうをいつも1コでがまんし、もう一本飲みたい熱燗を二本でがまんし、一年がかりでコツコツため込んだ、血と汗と涙のエアーフランス航空券がどっかに行ってしまった。
 トゥールーズの友だちは残念と外出禁止令の暮しぶりを両方ハサミ打ちにして、こんなふうにユカイに生きてるよと快活な家族動画を送ってきた。 ふれられてはいないが、新しく会社を立ち上げてこれからだゾとばかりに意気軒昂な友人夫妻が心配なところだ。 未来につながっていく仕事、楽しみにしていた20年ぶりの友人との再会は切断。 結婚35年の節目だから身の丈に少しあわないかも知れない。 でも旅なれしている女房の後をおっかけていりゃあ、異国の地だって楽しく遊んでくるぞ、と気合が入っていたのだ。 フランスに行く計画は一年前の正月のころだ。
 「コツコツためて質素に倹約する。」 平成31年1月の健気なる年初の心持ちからだ。 決して酒の勢いからではない。 世界中の誰もが一年の願いをたて謙虚で清らかな心で誓うのだ。
 「まじめにいきます。 どうかわざわいのないように」 と手を合わせたのだ。

 平成は四月で終り、5月に令和という元号が始まった。 去年の5月もいつもの年のように新緑が美しく萌え、光輝き、ついでに世の中はレイワ・レイワの大合唱で浮かれまくり、「つつましくまじめに生きようとする者」には本当にはた迷惑な10連休という大判振る舞いまで用意されていた。 人々はキホン的には善良と勤勉を旨として生きているのだ。

 多少の浮かれ騒ぎなど寛容に対応するが、全国津々浦々いたるところで令和のイベントだらけだった。
 昨年の秋、令和元年の11月23日のにいなめ祭を行わないかわりに大嘗祭を11月14日に行いました。 国内外のえらい方々が沢山沢山いらっしゃいました。 新しい天皇の即位でありますから神聖かつ荘厳に、しかも人々に感動をもたらすもの。 即位した天皇が献上された新しい穀物を神々に供え、自らもそれを食し、天下国家のの安泰と平和を願い、悪霊を祓い、五穀豊穣を願い、わずかばかりでも取りこぼしのない完全なる令和の儀を体験したのは、たったわずか一年前のことだったのです。 国の中にこぼれるばかりの笑顔があふれかえり休みともなれば飲めや歌えの軽いフットワークだ。 夏目ソウセキやトルストイでも読んでおとなしくしていろとは言わないが、皇居あたりの軽妙な熱狂がどうにも好きになれなかった。
 2020年5月、令和の2年目、世界中が破壊された。 仕事を取り上げられ、経済活動が停止、人々の移動が制限され、子供と年寄りは家の中に幽閉され、死に物狂いで闘っている病院の人々、なのに死者は続出、世界は呪われているのかと虚しく嘆き悲しむ。
 できることと言えば外に出て人と接触しないこと。 社会との縁を断つこと。 ウィルスはどこにでもただよっている。 未知なる新種のウィルスが次世代を準備しているのか。 人類は常に不確定なものにおびえている存在だ。 令和の天皇があれほど一生懸命にヤオヨロズの神に祈りをささげ、国を守り、民を助けと願ったのに令和に惨劇が起きてしまった。 かの地フランス、トゥールーズのムシュー・ジェロームに来年きっと会えるよね! とメールを送った。 来年だめだったら、その又来年さ! アビアントゥーだ。


                      2020.5.9
                       大澤 伸雄

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