ゴキブリ、ネズミさんの巻

 新緑の頃から、少しづつ暑さをまして来る初夏になってもコロナは衰退のきざしその気配がない。 加えて、ゴキブリがいよいよ散見の候となってきた。

 15、6年前のこと、ケイタイデンワを持ちはじめた頃だ。 ある着信履歴に「ごきぶり・ねずみ」 の名がドーンと目に入った。 ずいぶんないやがらせだなあ、ストレート、大胆不敵、不気味、しかしながらきちんと電話番号がそえられ、冗談と悪気は嫌な感じだがこちらとしてもこの程度の友達、仲間はたっぷりいて渡り合う気合充分だからさっそく電話をかけてみた。

 「こちらはゴキブリ・ネズミ本舗と申しまして、ねずみ及び害虫の駆除の専門会社であります。 先日、社長様が留守のときにうかがいまして、お店にいらした方に番号をいただきました。 何々さんご存じとか?」

 なに事のことではなかった。 旧友の知合いというにいささか気がぬけた。 でも、翌日さっそくそのゴキブリ・ネズミ本舗はやって来た。 害虫の殺人マシーンと薬品のタンクをキャリーバッグにつめ込んでゴロゴロ音を鳴らしながらの登場だった。 
 人の好さそうな働き者の善良人だ。 なにしろ自分としては人間を見分ける能力にたけているのだを自負している。 「よし、この男なら害虫駆除の重責をまかせてよろしいな」 と即決した。 以来、ゴキブリ・ネズミさんは五月の中頃に毎年現れる恒例の人物となった。 そして、その方は来るといきなり
 「多くの人は見えるゴキブリばかりに注目して大騒ぎするけれど、真に着目すべきは、目に見えないゴキブリなのです。」 とのたまわった。 で、その真義のほどは何になのですか。

 「見えぬ敵こそが敵」 という戦陣訓ですね。 表に出てきてうろついているなんていうのはボンクラ野郎ですからすぐにでもヤッツケテそれで終りということになります。 ゴキブリ・ネズミさんは極秘のうちに薬を散布し、ひそんでいる害虫の急所にピンポイント攻撃を仕掛けていった。

 「こんなもんで様子をみて下さい。 もし、出てくるようでしたら、何度でも来ます。」 相手に疑念をいだかせない、まっすぐな自信、単純素朴な口調がよろしかった。 そこに北関東、茨木方面のやわらかな土着的アクセントに味わい深い人柄がかさなった。
 「毎週末にはよぉ、年取ったオフクロのめんどうみるに土浦まで帰ってるんだよー。」 ときた。 当時、自身も母親の介護の最中のことで、その辺の事情話はだれにでも共通の永遠のテーマになるのだ。

 「おめぇもかー」 「俺もだぁー」 の合言葉だけでどしどし話題が続いてしまうもの。 「ところで嫁さん、いないの!」 と言ってしまったその一瞬、まずいこと口にしてしまった、と後悔先にたたずだ。

 「おフクロってのが勝ち気な女で、百姓育ち、どうにも嫁とソリが合わないで出ていって、それから俺はずっーとひとりだ。」
 「夜学にかよってたけど、先生なぐってやめさせられた。」
 「おフクロひとり田舎において東京に出てもう四十年たっちゃったよ!」
 その口ぶりは直情と純朴と不器用が入り交じっていた。

 「いいじゃあねぇか! ひとりで真面目に消毒会社やって、ゴキブリとネズミのエキスパートになって、老いた母親に楽させてあげる。 絵に書いたような孝行息子だぜ。」 といっぱいの讃辞を述べた。

 この人との連なりはこれからも続く。 我等人間がどこで、いかなるところで生きようともゴキブリとネズミは未来永劫、我等のかたわらに生存している。 億千万を生き抜いている敵をなりわいの糧にしているという大胆、夜学の先生を殴りとばすほどの熱血を内にひめている男なのであるからこそ、弱音に負けないで戦いをつづけているのだ。 「見えぬ敵こそが、ほんとうの敵」 というゴキブリ本舗さんもパンデミックを生きる同時代の戦士に思えてきた。

 「私は生きてこの仕事をつづけている限り、バサラさんには来ます。 ゴキブリ・ネズミ・コロナだってやっつけますよ。 安心して下さい。」
 こんなたのもしい、強く優しい言葉をたまわると、どうしても身構え、こわばってしまう。 素直じゃねえぞ! 貧乏性で臆病者のケチ根性ってもんだ! 自分をなじる。

 「バサラさん、知り合いの牧師さんのお話を聴きに行きませんか。 大久保の教会なのですが、ためになりますよ」
 「聖書の中にはコロナの話がいっぱいあります。 今度の日曜日どうですか。」

 前回は健康食品だった。 いつも、いつも人々の幸福と健康に心くだいている方ということは気づいていたから、
 「心配いただいて、ほんとうにありがとうございます」 と丁重に礼を述べさせていただいた。
 ゴキブリ・ネズミ対策はおまかせいたしますが、コロナ問題は保留ということで落着いたしました。

                      2021.5.30
                       大澤 伸雄


 追記
   再々度 緊急事態宣言を受けます。
   六月の二十日まで休業いたします
   どうか、どうか その日が好日に
   なりますように共に祈りましょう。
   又、連絡します。
                 ばさら

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