バサラの怪女 登場!

 周到と言わないまでも、ロシア軍はかなりの時間をかけて作戦を練り上げたであろう。 何千、何万の兵士と重戦車を駆動させ、空からの作戦も加えて、ウクライナを一気呵成にやっつけてしまう作戦であっただろうに。
 戦争をはじめてすでに3ヶ月、当初は秘密裏に展開された作戦も上々の戦果をもたらし、皇帝プーチンもさぞご満悦であったことでしょう。 しかし、戦争というものの巨大な化かし合い、陣取り合戦は裏表の連続なのだ。 1週間たらずで首都キーウを制圧の予定が逆に反転攻勢されて撤退。
 ロシアの攻勢に市街地、住宅街は見るも無残なガレキばかりの廃墟と化した。

 「やめてくれ爆撃!」 「やめてくれ殺戮!」
 こんな光景にまひしてしまうのがいま今日の本当の出来事なのだ。 戦争犯罪、暴力、死、屈辱、処刑、強制労働、などなど人類にとって悲しみの言葉がニュース原稿によって毎日報じられる。 我等は無言でその言葉を噛みしめのみこむ。 一体どのくらいの労力、莫大な資金がかかるのだろう。 破壊とともに消えてなくなってしまうのは建造物だけではなかった
  しみついた血と汗と涙、再現再興がかなわぬ人々の営みの影、歴史的建造物がいとも簡単に爆破されてがれきの山になっていく。 我等の知っていた牧歌的ロシア民謡の世界は何んだったのだろう。 ボルガの舟唄やカチューシャはもう二度とうたわれることはないのか。

 戦死者はヒマワリの国の兵士だけではい。 プーチンに呼ばれて引っぱり出されたロシアの若い兵隊さんだって同じことではないか。
 ウソで固めた報道を平然と読み上げるその姿が痛々しい。 もはや皇帝となった自身も信じるしかないというウソ。 「ネオ、ナチと最後まで戦うと言い切る狂気」

 ピロシキをほうばり、ウォッカをグイっと飲み干す。 肩をくんでドンコサックの古い歌を誰れが知っているのか。 戦争は小さな銃なんかで戦えない。 でかいミサイルでなければ戦争にならない。 コロナからロシア戦争に時代は移り変った。 人類はどこにいても、いきなり死の崖っぷちにさらされる。 だから、束の間に酔いしれて憂さをはらす。
 今宵、バサラには逞しき夫人の一人がいらした。
 「今夜は飲むしかないな。 ひとりだから、よろしく。」 と、おっしゃる。

 どしっと腰をおろす仕草、重量級の武道家のように貫禄がある。 メニューに眼をやるといきなり読みあげるように注文が始まった。
 「モツ焼」 「にこみ」 「丸干」 「イカワタ」 「しめさば」 さあ大変。 体格がいいとはいえ、女一人であたりの眼などに全く臆することなく、「行く行、ガンガン」 の食べ姿なのです。 ひと通りを完了すると第二ラウンドの始まりです。

 「にこみ」 「ポテトサラダ」 「白豆」 「ぬか漬け」 「卵焼き」 という具合にメニュー片っぱしから注文なのです。 いくらおいいしいと言ったって次々と口に運ぶのであります。 不安になってうす眼で横目でそっと確認。 あざやかに食べつくしているのであります。 これは魔性のつまみハンターだ。 尋常ではない。
 右手のハシは常に物をつまんでいる。 左のグラスは常にハイボールが注がれている。 「もう少し、落ち着いておめしあがりに。。。。」 なんてお上品な指図などなんのたしにもならない。 その第三ラウンドは 「みそ炒」 「ニラレバ」 「ネギソバ」 へと音もなく、何んのためらいもなく終章へと吸い込まれていったのであります。

 年の頃 四十才位の令夫人はバサラにおける食べ物、量的選手権において見事に完全勝者に輝いた次第であります。 ついに、バサラ始まって最初に最後の怪女 現れたのです。
 皿には一片の食べ残しもなく、空の器が残されていました。 バサラよ 「うまかったゾ!」 という大賛辞をいただいたような不思議な心持ちでありました。

 戦争の悲惨ばかりを眼にしているこの頃に、こんな奇妙なバサラ話もありました。 とさあ!

 どこのどなたが存じませんが、あなた様はバサラの誉れであります。 わずかばかりの座饗でありました。


                      2022.6.6
                       大澤 伸雄

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