夏、一人酒

 鮫といえば我等の世代はスピルバーグさんによる人喰い鮫、"ジョーズ"の海洋スペクタル映画だ。 夏休みの海水浴でにぎわう西海岸に巨大鮫があらわれ泳ぎ戯れている人間をがぶりと喰いちぎる映画だ。 鮫は人を襲うという話しはよくある話だ。 しかし船の帆先をがぶりと噛み砕く巨大鮫はそうそういるものではない。 やっぱり映画に登場するくらいだからデカイばかりではだめだ。 悪がしこくて、人間にとって大迷惑な存在であることと、人間にとって全く友好的ではないからひたすらに嫌われ者だ。

 鮫の切り身が魚屋の店先に並んでいることがある。 安いのにあまり売れていないのはアンモニア臭がするという悪いウワサのせいなのかも知れない。 どんな魚だって時間がたてばいやな匂いがする。 酒としょう油につけ込んだ肉のてり焼はグッと来るうまさだ。
 しかし、鮫にまつわるイメージは好意的ではない。 デカイ、マズイ、コワイにくくられてしまう。 最後には海の暴れ者などと呼ばれ人間社会のアウトローあつかいだ。

 ところが、六月のある朝、仕入れ担当のナオコ嬢が白い包みをかかえて帰って来た。 ニンマリ得意顔、「毛鹿鮫(モウカザメ)の心臓よ! いまでも生きてるみたいでしょ!」
 人のこぶしの倍くらいの大きさだ。 赤い鮮血、ツヤやかに赤紫色に光輝く心の臓は美しかった。 血が滴り人間の声かけに反応するかのように微妙にはずみゆれるような気がした。

 その夜のスペシャルな一品として提供、五切一皿は大いに歓迎された。
 「私がねらった通りだわ! バサラのお客さん、こういう奇妙な食べ物にちゃんと反応してくれると思っていたわ!」 ナオコ嬢してやったりである。

 巨大鮫の力の源泉であるような心の臓にいかなる神秘があり、肉の成分の中にどんな効能がひそんでいたかは知らない。 うすく切った肉は上品でひかえめな味わいだ。 肉というよりレバに近いさっぱり。 なによりはずむような歯ごたえがよい。

 その夜、ひとり酒を飲みながら数切れの鮫をいただいた。 心の臓はしっかり嚙みこんで酒とともに腹におさめた。 神棚のバサラ神に軽い会釈して、ひとり呟く。
 「鮫の心臓はうまいゾ!」
 「大統領閣下も一切れいかがか。 うまい喰い物、料理、いつの夜も人の心をなごませ、心にあたたかい風をとどける。 いまは冷酷無非な巨大鮫のプーチンさん、狡猾な野望をすてて一切れの鮫の肉をいかがか、共に喰らおうゾ!

 戦争をはじめて、すでに四ヶ月たった。 神経を病み心が安定していないと憶測され、体の一部どこかにガンをかかえていると言われ、軍の上級指揮官をどしどし追放している異常ぶりを指摘され、どのみちこの戦争はプーチン失脚とともに終ると、まことしやかに語られていた。 なのに終焉どころか、ますますの元気、強がりを見せつける。 ああ、ロシアは狂暴な巨大鮫の魔力に援軍を得て破竹の進軍ラッパなのだろうか。

 ロシア軍の侵攻が止まらないように鮫の心臓肉に酔いしれてしまった俺の夜の一人酒、なかなかとまらない。 ロシアの進軍がとまらなければ、プーチンへのうらみつらみ、野卑な罵倒がより高らかに世界中に鳴りひびく。 事態は良い方向に向っているのだろうか。 赤紫色の巨大鮫の心臓、これから先にも手に入れば、五切れ六切れと口にはこぶ。 盃の酒をグイっと飲む。 そして、プーチンは失脚していない。 隠然とロシアに君臨して姿がある。 そう、あの男、しぶといのだ。
でかい大陸の国だもの


                      2022.7.3
                       大澤 伸雄

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