雨ふれ男の京都漫遊

 眼下に鴨川が流れている。 御池大橋が雨の中に寒々と浮んでいる。 そのはるか向うにぼんやりとまるではっきりしない山水画の空のような東山の山並みがつらなる。 雨がなければ、まこと 「ながめのよい部屋」 であるはずだ。 そんなタイトルの映画があったな! けど、雨の男を自負している俺としては立派に自分を確認して強い雨にうすくボヤけている京都をなじるどころか、雨をたたえたい気分だ。

 大文字山、見えない。 南禅寺あたり風景、見えない。 清水寺はどのへんかなあ、たぶんあのへんだ、全くみえない。 ああ、この雨は色々と確認をしておきたかった風景のポイントを見えないの言葉の中に消去してしまったのです。

 その昔、富士の全景を見たくて、対処に位置する河口湖側の山に登りました。 苦労してその山の頂上に着いたのにそこは強い霧のベールに包まれていて富士の山どころか、10メートル先の人の姿もなくなってしまう程の美しい盲目の夢の世界を経験いたしました。 そして、今回の京都も、せっかくの 「ながめのよい部屋」 にもかかわらず残念の結果でありました。
地上100m、15階、2502からのスペシャルレポートでした。

 やまずの雨は増々力を発揮、であるなら敗けてなるものかの精神をムチ打ち、京に四百年の歴史を刻む茶わん屋さんへと向うこととした。

 千利休の頃の時代から茶の湯の世界に君臨して来た楽家。 その歴代の当主が作った茶椀がすべて、15代目の作品まで、その楽家の人々が居住する敷地の中に美術館を建てたのです。
 伝統を伝える力と技、そこから生活の糧を作り上げる力、生活の規範がその作品にかもし出される暮らし。
 「守」 「破」 「離」 の三文字がそっと展示の脇に置かれている。 はたして何にを語っているのかを、ためされた心地がした。

 楽焼を守るは、、、、 楽焼をこえるは、、、、 そして楽焼で出ないものを、、、、。
いかようにも考えられる問答にその度、その度答え、行動を求められるのが四00年の重さと債務ということなのか。 黒く重いずっしりとした色調、椀を千何百度の火炎で焼くあざやかな火の色、黒楽、赤楽と名うたれている器もあるように多彩だ。 オレンジに輝く椀も異彩だ。
 放棄するな、継続だ、しがみつくな、そして原初にもどれ、そして始まりのワザを見よと椀たちは無言に、そこに在る。

 たそがれて、夕暮れて、京都中京区は丸屋町、雨はいまも降りつづく。
 京都ろうじなの大重君、敦子さん、先日はお久しぶりでした。
 たのもしいカナさんの歓待をうけてお酒が始まりおいしかったです。

 京の水で作り上げた冷奴、味がしっかりして強くよいおトウフでした。
 青菜の煮びたし、素朴で、年寄には最適な酒肴のその一です。
 お店のそこかしこに小さな整トン、大きな清ケツがただよっていて、
 “トレ・ボン!”
 天ぷら、すっきり、からっと美しく揚げられて、ウデマエあげたなぁー。
 そばガキ、そばガキのあんかけ、そのどれもが俺をうならせたぜぇ。
 もちろん、そばも、それは大きな声で言わないけれど、俺の心の内で力強く
 “一番” とつぶやいています。

 新幹線に乗れば2時間ほど、でもなかなか行けない京都ですが大重君の店に行くことができて本当にうれしかったです。 娘、息子君達に会えて、愛妻、敦子さんの手もにぎらせてもらいこれぞ旅の冥利というものです。 そば打ちがいよいよ大変な労苦になり始めたというこの頃、父上としての力がこれから一層たよられるのでしょう。 体をいたわりつつどうか頑張って下さい。

 というわけで、一流の雨ふれ男 大澤伸雄 の京都漫遊でありました。


                      2022.10.22
                         婆 娑 羅

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