佶梗(きっこう)

 寒い曇天の休日に仲間とテニスに興じた。 いつもの事、それから酒盛りになる。 上品で静かな手打ちそば屋のカウンターを陣取る。 幸い他に客がないから随分と勝手、我儘を言いつつ注文を放つ。 そば屋とは言え、実に酒飲みをうならせる。色々な天ぷらはもちろん、相当に上等な馬刺しがあったりする。 卵焼きもよい。これはダシ巻きではなく油をひいて焼く、ごく普通の玉子焼きである。これが、そば湯で割るそば焼酎に相性がよい。 ここには、数種の酒がある。そのなかの土佐鶴がこのみである。 陳腐なコンサルタントされた居酒屋がそこかしこにあるが、満たされないことがしばしばである。だから、そば屋で酒盛りなのである。
 ここの主、青春という暗い時期に酒をくみかわした仲間のひとりである。だから、久しぶりに会っても嬉しがったり懐かしがったりしない。 なるべくその時期の話はそらすのが暗黙のことなのである。 2時間ほどの酒盛りは終わった。そして、最後に自慢の手打ちそばをむさぼるのである。
 この店、立川北口のバス通りをどこまでもまっすぐ20分あるく。やがて、左手に小さな渋いたたずまいの店があらはれる。 「婆娑羅の大沢から聞きました。」と言ってもサービスなるものを望んではならぬ。 出るのは主の笑顔だけである。しかし、それを眺めながら飲む酒は必ずうまいはずである。

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